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一気読み確実の傑作!『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』

今年の開高健ノンフィクション賞を受賞した『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』を購入。ほとんど世に知られていない事実が次々と明らかになる展開で、夢中になって一気読みした。

栗城さんが「世界7大陸最高峰無酸素単独登頂」を掲げてエベレストに挑み始めた当初は、たくさんのメディアが彼を取り上げ、登山界に現れたスターのような扱いだった。

その理由のひとつは、彼が登山をしながら笑い、泣き、歓喜し、苦しむ姿を自撮りし、配信するというこれまでにない試みが評判を呼んだからだろう。登山に興味がない僕も、新時代の登山家のような存在として彼を捉えていた。

しかし、トントン拍子で6大陸の最高峰を制した彼は、最後にして最大の難関、エベレストで失敗を重ねた。百戦錬磨の登山家でも死を意識するという「デス・ゾーン」である8000メートルの壁を、何度挑戦しても越えられなかった。エベレストの頂上まで惜しいところに迫ることもなく、下山を繰り返した。

そのせいで、次第に「下山家」と揶揄されるようになる。それでも彼はなにかに取り憑かれたようにエベレストに向かい、2018年、8度目の挑戦のさなかに帰らぬ人となった。

…という彼の足跡だけを記すと、夢破れ、命尽きた登山家と感じるかもしれない。実際、今もそう捉えている人が多いだろう。この本は、その印象をガラリと変える。メディアから伝わってきた栗城さんのひたむきでまっすぐで爽やかな「夢にかける男」の印象は崩落する。

正直にいって、人間的にどうなの?という振る舞いも多々あるが、登山家は変わり者が多いそうなので、栗城さんのキャラもその範疇かもしれない。それよりも印象的だったのは、日本のほとんどの登山関係者だけでなく、身近にいた仲間たちからも「登山家」として否定的に見られていたこと。

華やかに見えた栗城さんだが、実は孤立し、追い詰められ、実生活でも遭難しかかっていたのだと思う。

この本では、栗城さんの登山に関する様々な疑惑も検証されているが、ここでは触れない。

読了して感じたのは、彼にとって登山はいつしか「目的」から「ツール」になっていたのだろうということ。だから登山を目的にする人たちから、距離を置かれたのだ。

そして、本人もそのツールを使ってなにをしたいのかイマイチわからないまま、突き進んでいたのではないだろうか。

この本に関して、死者の顔に泥を塗ったという評価もあるようだけど、僕はそう思わない。これまで明かされてこなかった私生活や登山に関する疑惑を含めて、多くの謎を残していた栗城劇場は、この本で完結したのだ。筆者の河野さんもキャストのひとりである。

文化祭の準備の際に先生を困らせていた高校時代と同じように、栗城さんは今、空の上でニヤリと笑っている気がする。

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