時絵

小説を書いています。自分の小説をたくさんの方に見てもらえたら嬉しいです。これまで中部ペ…

時絵

小説を書いています。自分の小説をたくさんの方に見てもらえたら嬉しいです。これまで中部ペンクラブ賞、文学2018掲載、伊豆文学賞佳作。

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掘りおこす人々

 現場への道のりが長く感じる。風が強すぎて目に砂が入ったのか涙が出てきて止まらない。泣いていると思われないようにそっと軍手で目を拭った。  長靴で歩くと普通の靴で歩くより疲れて土踏まずが凝ってくるのがわかる。吹き荒ぶ風で頭が吹っ飛びそうだ。肩先まで伸びた髪に頬を思いきり叩かれて急いで帽子で押さえた。このまま何日かこの風が続くかと思うとうんざりする。花粉症の田辺くんはくしゃみを連発している。長靴の中に何か入っているようで落ち着かない。早く現場に着いて長靴を脱いでひっくり返した

    • 窯を作る人とカルシファー

       鎌倉時代あたりの焼き物に魅せられてその窯の再現をしようとする人がいて、みんな無理だとか無茶だとか言っていたのだが、その陶芸家は掘り方までイメージトレーニングをし、窯の発掘報告書を参考にかなり勉強していた。  その頃の東海地方ではたくさん作られていた、山茶碗という器には気取りのないざっくばらんな魅力があり前から大好きだった。骨董の世界でも人気があるそうだ。そんなものができたらと自分も興味を持った。  土地探しから大変だろうと思ったが協力者が現れ、それからもすごくたくさんの人

      • 伊豆文学賞受賞式

        この度小説、随筆、紀行文部門の佳作に選ばれて受賞式に参加してまいりました。 当日まではわちゃわちゃで、やらなきゃいけないことばかり。三木卓先生をしのぶ座談会もあると知り急遽図書館で芥川賞受賞作の「鶸」を読む。 時代を感じて古いのかと思ったら驚愕の新鮮さ、鮮烈さ。少年が身近に迫ってくるような、心臓の音が聞こえてきそうな描写力と鮮烈なラスト。 「ふたりはきょうも」の絵本は先生の翻訳で何度も読んで毎回泣けるが小説の素晴らしさを今まで知らずにきた無知を反省しつつ、出かけた。 自

        • 伝わらない

           勉強机の前でさまざまなことを考える。たとえば宇宙のこととか、自分の生まれてきた意味とか、言葉とか、世界のもろもろの現象や、友達や環境のことについて。そして将来やりたいこととやりたくないことについて。  自分では勉強の合間のわずかな時間に過ぎないと思っていたのに、ふと気がつくと考えながら寝てしまったり、15分のつもりが1時間経ってしまったりする。母親はそんなわたしの癖が大嫌いだった。 「ほら、またぼうっとしている」と母はその度に注意するのだ。私は我に返り、謝るのだ。  小

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        掘りおこす人々

          おせちはもういいかな?

          スチールウールが無くなった。あー黒豆作る時のあれね、となる人は少なかろう。 12個くらいは入っていたけど。もうなくなった。それにしても今年は疲れた。毎年みんなの健康とか未来を祈念しながら。たぶん子どもたち、姪っ子たち、みんな小さくてかわいいから。 それがみんな大人に近くなり。来たりこなかったり。結果義理妹夫婦が喜んでいるだけで。 それも同い年だから楽しくなかった。私だって楽したいと思った。 もういいじゃん、子育て終わったよ。これからはもっと自分を大事に、本当に会いたい人

          おせちはもういいかな?

          7年前のこと

          知人が入院したことを知った。ハガキにはもう歳だからねと書いてあった。周りの人から彼の入院は長引くらしいと聞いて、私はお見舞いに出かけることにした。新幹線に乗ればすぐだ。 なんでこんなに近いのにたびたび会いに行かなかったんだろう。座席に座ると景色がゆっくりと流れ始めた。すぐに車内販売のワゴンが来て、私はコーヒーを注文した。コーヒーはひどく熱い。到着するまでに飲めるだろうかと心配になってきた。隣の席には眼鏡をかけた女が座り、バックからせんべいを出して食べている。女は歯が丈夫な質

          7年前のこと

          竈門炭治郎くん

          仕事でいろいろあるとき、アニメを見返してました。 あなたはいつも真剣に誰にでも向き合っている。わたしは度々アニメのあなたを見て笑ってしまいました。なぜならばあなたは鬼に対してもしっかり話しかけているからです。人は現実にはありえないと思うと笑ってしまうのかもしれません。もしも私ならば絶対に鬼と対話しようなどとは思わないでしょう。なぜなら価値観が絶対に合わないと思うからです。 現実の世界で私は話が合わないと思う人とは基本的にはあまり喋りません。やむを得ない場合だけ彼らと話をし

          竈門炭治郎くん

          夏野菜

           大学の授業が終わり、私は夕暮れの空の下を歩いていた。晩御飯用に何かを買わなくては、と思いながらいつもの友人の下宿の近くに出ている無人販売所でトマトときゅうりを買った。出盛りのものはどれも100円であった。私は友人の所へ立ち寄ることにした。  ビニール袋をさげ、多分暑さのあまりぼーっとした顔をした私を見て「ちょっと外に出ようか」とドアを開けるなり友人が言った。  彼女も就職活動に疲れて、少し煮詰まっていたらしい。家にいたくない気分は私にもあった。私たちはオレンジ色に染まりつ

          夏野菜

          同人誌はつらいか?

          同人誌ってちょっとだけつらい。わたしは小説を同人誌でも発表しています。ならやめなーと言わずなんでやめないのか、考えたことちょっと読んでみてくださいね! とりあえず、お金にはならない 地元の書店に置いてもらってます。それはたぶん売り切れたりすることもあるみたいですが、だいたい毎年会費は発生してきます。自分の買い取り分はだいたい友達にあげちゃいます 同人誌に出すと、新人賞に出せない いいネタを出してしまうと、それはもう新人賞には出せません。ただし同人誌掲載したものも大丈夫な賞

          同人誌はつらいか?

           まだ自分が実家で暮らしていたとき、家の前には桜並木があって、季節になると毎晩のように宴会が始まった。そのために夜も眠れない。聞きたくないのに大きな歌声や、騒がしい物音がざわざわと耳元に押し寄せてくる。私は窓をぴたりと閉めた。そして毛布と布団をかぶった。枕も上から頭に乗せた。それでも音は聞こえてくる。  ある晩私は布団から飛び出すと、パジャマの上からコートをはおり、外へ出て行った。  その日は特にたくさん来ているようだった。誰も座っていない桜の木を探した。はずれのほうに一

          本の虫

          本の虫になったワケと小説を書き始めたきっかけについて  ある日従姉妹から重たい段ボールがたくさん送られてきた。なんだろうとつぶやきながら箱を開けると、中には本がぎっしり詰まっていた。世界文学全集だった。私は、やったーと大声で叫んで一つ一つ本を取り出していた。全集は全巻揃っていた。アメリカに始まりヨーロッパ、アジアと続く全集はこれまで欲しくても手に入らなかったものだ。5箱もあるよ、と母はあきれたように言い、一応お礼の電話をするから一緒に出なさいと私に言った。私も電話口に出たが

          本の虫

          同人誌

           私はその日はじめての同人誌を完成させた。学校のコピー機を占領して作ったのだが、みんなに睨まれるので50部がやっとだった。そのうち10部はすでに友人にあげることが決まっている。残り40を学食の横の雑誌、チラシなどを陳列してある棚に置く。  手伝ってくれるのは一人だ。学内でもこんなことをしているのは私たちだけだ。誰もがテニスやダンスや他の大勢人の集まるサークルに入って楽しんでいる。誰も読まないかもしれない小説を好んで書くものは他に見当たらない。  彼女は私と一緒に紙選びからこ

          同人誌

          植物園

           上からポタポタと雫が落ちてくるようなガラス張りの温室の中に入ると、一瞬押し戻されるくらいに温かい空気が体を包んだ。この植物園に来るのは初めてだ。バナナの木や巨大な鳥の羽のような葉の間を抜けてベンチに座った。  こんなに花に囲まれていると眠くなる。一つ一つの花の名前を読んでいるうちにますます眠たくなりそうだ。ホワイトチャンピオン、パンドラ、オピルス。その花弁のすべてが湿っている。花々の後ろには小さな人工的な滝があり、その右側に穴が開いており奥に緑色の花が咲いていた。  近

          植物園

          帰省

           この道は何度も歩いた。駅からまっすぐ歩くと公園が見えてくる。小さい頃よくここで遊んでいたらしいが、全く記憶にない。  その横に予備校がある。三カ月くらい通ってやめてしまったが、ここの自習室で集中して勉強していたことは今も時々思い出す。あの少しよどんだ空気や、友達に自販機のコーヒーを奢ってもらったことも、よく覚えている。  この先に初恋の人の家がある。二階の部屋からはいつも柔らかい光が漏れている。彼女は夜遅くまで起きていると言っていた。故郷を離れ、大学の近くに下宿してからす