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植物園

 上からポタポタと雫が落ちてくるようなガラス張りの温室の中に入ると、一瞬押し戻されるくらいに温かい空気が体を包んだ。この植物園に来るのは初めてだ。バナナの木や巨大な鳥の羽のような葉の間を抜けてベンチに座った。

 こんなに花に囲まれていると眠くなる。一つ一つの花の名前を読んでいるうちにますます眠たくなりそうだ。ホワイトチャンピオン、パンドラ、オピルス。その花弁のすべてが湿っている。花々の後ろには小さな人工的な滝があり、その右側に穴が開いており奥に緑色の花が咲いていた。

 近づいていくと黄色っぽい軸が見えた。思わず手を伸ばしてそれを触ろうとした。手は植物に触れなかったがすうっと指が冷たくなり、私は穴の中に指輪を落としたことに気がついた。
 あたりを見渡すと先ほど誰もいなかった花々の中にエプロンをつけた人がこちらを見ている。背が高く、枝に隠れて顔がよく見えない。
「すみません」私は声をかけた
「穴の中に、指輪を落としてしまったようなのですが」
近づいてきた彼は黒い服を着て濃い緑色のエプロンをつけていた。細く長い影のような印象だ。

「わかりました。向こう側から指輪を押し出しますから、こちら側で受け取めてください」
「はい」私は穴の中へ手を伸ばしたが、指輪らしきものは押し出されてこない。腕を動かせる範囲で左右に移動させていると、ツルツルした細長い葉のようなものに手が触れた。
「今のはあなたの手ですか?」
「そうです」と私は答えた。

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