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空が消える日

我が家から空が消える。
その日が近づいている。

ずっとレンタル畑だった、我が家の裏手の空地が売られてしまった。
そこにはこれから建売住宅が建つ。

「これ食べる?」
庭にいたら、ブロック塀越しに、おばあちゃんからいきなり声をかけられ、畑のもぎたて野菜をもらったことがある。
スーパーにはない形の野菜を、おばあちゃんの娘さんの自慢話とともに嬉しく受け取った。
畑仲間のおばあちゃん同士が、なにやら楽しそうにおしゃべりしている声が、リビングまで聞こえてきてほっこりしたことも。

リビングにいると、ウッドフェンスの隙間から、畑の向こうにある道路まで見えた。
午前中には保育園の子どもたちが、歌を歌いながら一列になってお散歩。
午後には追いかけっこするように家に帰る、ランドセルのグループが。
暗くなる頃には、自転車で家路を急ぐ人たちが。
通りを通る人たちを、見るともなく眺めるのが、けっこう好きだった。

我が家から見える、そんな風景が変わる。

家を建てるにあたり、ついに足場が組まれた。
以前、住宅メーカーの営業の方が、挨拶と共に、建つ予定の家の構造なども説明に来てくれていた。
2階建てであることや、我が家の敷地との距離感についても、数字としてはすでに知らされていた。
けれど、実際に足場が組まれ、何もなかった空間に、こういう形のものが出来上がります、と見せられると、グッと現実味が押し寄せる。
現実味というか…物質的にも押し寄せている!
家が近い~!

何よりも、リビングのソファに座って見えていた空が、どうやら全部見えなくなる。
リビングの掃出し窓から見える部分は、すべて、新しい家の壁へと景色を変えそうなのだ。

前々から想像だけはしていた。
正直、最初から「いやだな~」と思っていた。
我が家を建ててから7年ほど、ずっと空も畑も道路もあった。
自分のものでないことはわかっていても、我が家から見える風景はずっとそれだった。ここでの暮らしの一部だった。
借景、という言葉があるけれど。
今となっては、あぁ本当にお借りしていただけだったんだなぁと、少し落ち込む。

私が、町ごと買える大金持ちだったらなー!
ずんの飯尾さんのように、言い放ちたくなった。
あまり、大金が必要なタイプの人生ではないけれど、今回ばっかりはちょっと、富裕層に憧れる気持ちが湧いた。
裏の土地を、私が買えたなら…!

だけど、身に起きたあれこれを残念がるのはあまり好きではない。
前向きにも考えてみた。
例えば、これまでは、夏は日差しが入り込みすぎて、家にいても日焼けがこわかった。
リビングでのんびりしているときにも「あぁ今も絶賛日焼け中だなぁ」とおののいていた。
それに伴い、シミが増えるストレスも。
「今、どれくらいシミが増えている最中なんだろう…」と罪悪感の中、ソファでうたたねしたことも多々。

新しい家が建つと、入る日差しが変わるだろう。
もしかしたら、日焼け・シミのストレスはなくなるかもしれない。

さらに私は元々、こじんまりした空間もきらいじゃない。
逆に、あまりに広々壮大だと落ち着かないようなところもある。
我が家の敷地が、新しい家に囲まれたら、意外と気持ちが落ち着いたりする作用があったりするのでは?とも考える。
あるある、あるかもしれないよ、そういう作用。

夫ももちろん、裏の土地のあれこれはとても気にかかっている様子だ。
住宅情報のサイトを割とこまめに見ては「A区画は売れたみたいよ」などと言う。
これからどうなるんだろうねぇ、とふたりで話していたら夫がこんなことを言い出した。

「ま、俺たちも、ここにいつまで住むかわからんしね」
「え?」
「引っ越す未来もあるかもしれんし」

え?、である。
意外な発言にびっくりした。
その発想はなかった。
終の棲家、だとか子どもたちにふるさとを、だとかいう気持ちでこの家を建てませんでしたっけ?

「いやまぁそうやけどさ」
はて、とこちらに思わせたまま、それ以上の言葉は夫から出てこなかった。
いつも多くを語らない(語れない?)夫。

意訳という名の勝手な解釈をさせていただくと、たぶん、「引っ越してもいいし」の本気度は低い。
ただ、裏に家が建つことの憂いを、一生ごとだと思って背負わなくてもいい、
本当に嫌だと思ったら、住む場所はこれから先も、自分たちで決めることができる、と。
そういうこと?かな?

勇敢な発言だと思ってもいいのだろうか?
真意はわからない。
でも勝手な解釈により、実は、私の心は明るくなった。

そうだそうだ!
引っ越すことだって、不可能ではないんだ!
(現実的ではないけど!不本意でもあるけど!)
夫も本気で言ったことではないと思うけど、本気にすることだってできるんだ!

空が消える。
我が家のリビングから、きっと空は見えなくなる。
主婦兼ライターなので、仕事場でもある家の環境が変わるのは大事件だ。
でももうそのこと自体は、私には変えることはできない。
さてどうするか。

一階でしていた仕事を、二階でするようにしてみたらどうだろう。
一階からは見えない空も、二階からだったら少しは見える。
二階に作業スペースを作るなら、壁に好きな絵や雑貨を飾るのもいいな。
時々、家以外の場所で仕事をする機会を作るのもいいかもしれない。
気分転換にもなって、仕事がはかどることだってあるかも。

引っ越して来た家族が、一生の友達になることだってあるかもよ。
それか、宝くじを当てて、私のアトリエとして裏の家を買うなんて未来も……!?
野望や妄想が広がる。
少し楽しくなってしまう。

我が家から空が消えても。
また新しい景色を整えてみよう。
本当は何かを奪われたわけじゃないんだ。

終の棲家(仮)の屋根の上には、いつでもいつまでも空は広がっている。


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