ケニアで遺伝子組み換え論争続く
遺伝子組み換え(GM)作物の賛否をめぐり、ケニアで激しい論争が続いています。深刻な干ばつに苦しむ中、乾燥耐性のGMトウモロコシなどによる食料増産への期待から、ケニア政府が2022年10月にGM作物の商業栽培や輸入を全面解禁すると決めたことがきっかけです。推進派は食料増産など大きなメリットがあると訴える一方、反対派は食品安全性や健康への懸念を指摘します。アフリカでGM作物を全面的に解禁しているのは南アフリカだけで、そのほかは一部の国が綿花などを部分的に認めるのにとどまっています。飢餓に苦しむアフリカ諸国がGM作物と今後どう向き合っていくのか、ケニアの論争の行方は大きな試金石となりそうです。
ケニアの国営放送KBCによると、ルト大統領は1月4日のインタビューで、GM食品は食べても安全で、人間の健康に悪影響を与えることはなく、輸入に反対する理由はないはずだと改めて強調しました。ルト氏はナイロビ大学で植物生態学を学び、修士号と博士号を取得した科学者でもあります。
ルト氏はインタビューの中で、「この国の大統領として、私を選んでくれた国民の命を危険にさらすことはできない。私は個人的に科学者である。ケニアの科学者や、国内のすべての大学はGMは全く問題がないという意見に同意している」と強調しました。南アフリカや米国をはじめ多くの国でGM作物が栽培、消費されていることを挙げ、「GMのために角が生えた人の話を聞いたことがあるか。GMのためにヒゲが生えた女性の話を聞いたことがあるか」と述べ、GM食品を摂取したことで何か問題が生じた例はないと訴えました。
ケニアは2012年11月以降、安全性への懸念を理由にGM作物の栽培や輸入を禁止してきました。現地紙デイリー・ネーションなどによると、2022年9月に誕生したルト政権は10月3日、専門家によるタスクフォースの勧告を踏まえ、食品安全性や健康へのリスクは小さく、食料安全保障上のメリットの方が大きいとして、この措置を解除すると表明しました。安全性などに関する国内外のガイドラインをクリアした作物について、食料や家畜の飼料向けの栽培とともに、輸入も認めるということです。
ケニアはこれに先立つ2019年12月、害虫抵抗性を持たせたGM綿花の商業栽培を解禁しています。ルト政権は「ケニアの何百万もの人々を飢えから救うため、より多くの食料を生産できる新たな農業を取り入れたい」として、綿花だけでなく、主食であるトウモロコシを含め、GM作物を全面的に認めることを強調しています。
ケニアやソマリア、エチオピアなどアフリカ東部は2022年、4年連続で干ばつに見舞われ、数百万人が飢餓に直面したと指摘されています。ルト政権は2022年10月の声明で、「現在進行する干ばつへの対応や、ケニア農業を再定義する大きな一歩として、(GMにより)害虫や病気に強い作物を採用する」と強調しました。さらに、ケニアの国家バイオセーフティー機関(NBA)のほか、世界保健機関(WHO)や国連食糧農業機関(FAO)、米国の食品医薬品局(FDA)、欧州食品安全機関(EFSA)など、国内外の専門家や検証結果を踏まえた決定であるとアピールしています。
なお、米国の通商代表部(USTR)は2022年3月に公表した外国貿易障壁報告書で、「ケニアは2012年11月以降、GM食品・飼料の輸入を禁じている」と指摘し、この措置が貿易障壁に該当するとの認識を示しました。「ケニアのGM禁止措置により、農業バイオテクノロジーに由来する米国政府の食料援助と米国産農産物の輸出の両方が妨げられてきた。米国の加工食品や非加工食品、大豆やトウモロコシなどの飼料原料の輸出に影響を及ぼしている」として、見直しを要請しました。
タイUSTR代表は、2022年9月13日のルト大統領の就任式にわざわざ駆けつけ、「双方向の貿易や投資の強化」などで合意を取り付けています。ルト大統領はそれから1カ月もたたないうちにGM作物の解禁を決めただけに、こうした米国の圧力によってケニアが方針転換を迫られたとみることもできます。
ケニア政府の決定について、ケニア農業畜産研究機構(KALRO)は「ルト大統領に感謝する」と大歓迎する声明を出しました。ケニアの研究者たちにとって、GM作物の全面解禁は悲願だったようです。KALROは「禁止措置の解除は、食料や飼料の安全保障と、環境保全の必要性からもたらされたものだ」と意義を強調しています。
KALROは声明の中で、「気候変動や深刻な干ばつ、トウモロコシに対する新たな病害虫の出現により、食料や飼料、栄養の安全保障に対する大きな脅威が生じている。害虫の駆除のために(農薬の使用で)多くのコストが必要となり、農薬は人間の健康や環境、水にとって有害にもなる」と、ケニア農業の厳しい現状を指摘しています。こうした課題を解決する有力な手段がGM作物の導入だということです。
その上で、安全性への懸念から反対意見があることを踏まえ、「GM作物は30年近く栽培されているが、健康被害は報告されていない。食品や飼料、環境に対して安全であることが科学的に証明されており、現在、世界の約70カ国で栽培が承認されている」と理解を求めました。さらに、「ケニアには、GM作物の使用を管理するため、強固な政策的、法的、制度的な枠組みがある。我々は、ケニアの人々に対し、GMトウモロコシは従来の品種と同じように、食品や飼料、環境に対して安全であることを保証する」とアピールし、GM作物を安心して食べるよう訴えています。
米国産穀物の輸出促進を目指す米国穀物協会(USGC)も、ケニア政府の決定について、「GM作物の栽培と輸入の道を開いた」と歓迎する声明を出しました。USGCは「ケニア政府は、自国の農家や畜産業が農業生産性を高めるための新たな手段を必要としているという現実に対応している。禁止措置を解除することで、ケニアの国内生産を強化し、トウモロコシや大豆の90%がGMである世界市場にケニアが参加できるようになり、増加する干ばつなど作物不足に陥った時に、輸入によって補いやすくなる」とケニアにとってのメリットを強調します。
USGCはさらに、数年前からケニアの畜産や飼料の団体と関係を深めてきたと明かした上で、「今回の発表は、ケニアの食品・飼料市場の大きな転換点となる。需要増加や気候変動といった課題に対応できるようになる」とも指摘しました。「農業生産性を高める枠組みを提供することで、ケニアはこの地域のリーダー的役割を担っている」として、周辺国が追随することにも期待をにじませています。
これに対し、小規模農家らでつくる「ケニア農民リーグ」(KPL)や「ケニア有機農業ネットワーク」(KOAN)、グリーンピース・アフリカなど11団体は「大いに失望している」とケニア政府の決定を批判する共同声明を発表しました。共同声明は「食品安全性に対する懸念の高まりを受け、GM作物は2012年11月から禁止されてきた。この10年間、ケニアはGM作物なしでやってくることができた」と振り返った上で、「GM作物・食品の輸入や栽培を認める必要はなかった。ケニアの農家は、ケニアのトウモロコシ供給の大部分を生産し続け、不足分はGM作物を使わないタンザニアやウガンダといった周辺国との貿易によって補ってきた」と主張しています。
GM作物の解禁に反対する理由として、共同声明は①公の場での議論が行われず、国民不在のまま決定された②輸入増加によってケニア農家が大きな打撃を受ける③GM作物を規制するケニアの国家バイオセーフティー機関(NBA)には十分な施設や人材がなく、適切に監視できない④GM作物の安全性はまだ確認されていない⑤政府機関はGM作物について正確な情報を提供していない-と指摘しています。その上で、禁止措置を直ちに復活させるよう要求してます。また、食料安全保障や農業生産といった課題を解決するために、国民に開かれた議論を行うことも求めました。
デイリー・ネーションやピープル・デイリーなどの国内メディアによると、ケニア農民リーグ(KPL)などはケニア政府を相手に、決定の撤回を求めて提訴しました。これを受け、ケニアの高等裁判所は2022年11月28日、GM作物の輸入や流通を一時的に禁止する決定を下しました。KPLは、憲法が求める国民参加の議論なく決定されたことで、GM作物の解禁措置は手続きに不備があり、違法だと主張したほか、GM作物は健康上のリスクがあると訴えていました。
これに対し、デイリー・ネーションは2022年12月23日、ケニア政府は決定を不服として上訴すると報じています。ムトゥリ司法長官は、高裁の決定を受け、NBAの業務が麻痺していると現状を説明するとともに、政府側の意見を聞くことなしに決められたと高裁の判断を批判しています。禁止期間が2023年2月まで延長されたのも不当だとし、政府を不利な状況に追い込んでいると訴えました。さらに、高裁はGM作物に対する世界的な安全性への懸念を理由に今回の決定を下したことについて、「具体的な証拠はない」と反論しました。政府はGM作物の安全性に関する研究に投資を行ってきたとした上で、決定が維持されれば、こうした研究が無駄になるとも指摘しています。