OECD、EUの食料戦略は具体策が不十分と指摘
経済協力開発機構(OECD)は2023年10月9日、欧州連合(EU)の農業・食料政策を分析した報告書を公表しました。報告書は、EUは高い野心を掲げているものの、達成に向けて補助金や規制など具体策が不十分だと指摘し、改善を求めています。EUは2020年5月に発表した「Farm to Fork(F2F、農場から食卓まで)戦略」で、2030年までに農薬使用量を半減するなど、非常に高い目標を打ち出していますが、実現性の点で改めて疑問符が付いた格好です。
F2F戦略は、2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロとし、気候中立をを目指す「欧州グリーンディール」の一環として策定されました。国連の持続可能な開発目標(SDGs)を踏まえ、持続可能な農業・食料生産を実現するため、2030年までに①農薬の使用量を50%削減②化学肥料の使用量を20%削減③畜産と養殖で抗生物質の使用を50%削減④有機農業の栽培面積を全農地の25%に拡大―といった内容を盛り込んでいます。
EUは、F2F戦略を未来の農業・食料生産の国際標準とすることを目指し、各国に追随するよう呼び掛けています。これを受け、日本の農林水産省は2021年5月、「みどりの食料システム戦略」を策定しました。2050年までに①農薬の使用量を50%削減②化学肥料の使用量を30%削減③有機農業の栽培面積を全農地の25%に拡大―など、F2F戦略にかなり似た内容となっています。
EUは共通農業政策(CAP)を実施しており、2023年1月、23~27年を対象とした新たなCAPがスタートしました。環境に配慮した取り組みを行う農家に予算を重点配分するなど、F2Fの実行を後押しする内容となっています。
OECDの報告書は「EUの農業生産性は他のOECD加盟国より伸びが鈍く、環境の持続可能性での成果は期待ほど向上していない」と分析しました。あまり成果が出ていないのは、「野心や資源が足りないのではなく、政策の設計と実行によるものだ」と指摘しています。
また、「EUは食料システム全体の変革が求められており、イノベーションが極めて大きな役割を果たす」として、イノベーションの重要性を強調しています。その上で、「欧州グリーンディールの野心的な目標を実現するには、支払いや規制、イノベーション、データ戦略を再設計し、環境サービスで新たな手法を採用し、改革を進める必要がある」と提言しました。
支払いに関しては、CAPの構造と政策の設計を改革し、欧州グリーンディールの目標と整合させるよう求めました。農家の所得支援と、環境の持続可能性向上を目的とした措置を分けて、対象を絞り込むべきだと指摘しています。
重点化する予算としては、低所得農家向けの所得支援や、イノベーションや情報、研修、助言向けの支出を挙げています。その一方で、環境に有害で、市場や貿易を歪める可能性のある市場価格支持(MPS)が残っているとして、段階的に廃止するよう求めました。
F2F戦略に関し、米農務省(USDA)は2020年11月、「F2F戦略を実行すれば、EUの農業生産は12%減る」とする異例の分析リポートを公表し、EUの動きを強くけん制しています。「仮に世界全体で実行すれば、世界の農業生産は11%減少し、食料価格は89%上昇し、1億8500万人が食料不安に新たに直面する」とも指摘しています。EUの目標に沿って環境対策を強化すれば、飢餓が拡大すると批判的な見方を示しています。
米国では、トウモロコシや大豆、綿花では9割以上が遺伝子組み換え(GM)作物です。有機農業にGM作物は含まれないので、米国ではEUのように有機農業を大幅に増やすのは極めて難しいと思われます。GMを推進する米国と、有機農業を推進するEUの間で、方向性の違いが鮮明となっています。
EU内でも論議が巻き起こっており、EU最大の農業団体コパ・コジェカは「食料安全保障や農業の競争力、農業所得を脅かすことになる」として、F2F戦略に反対の姿勢を示しています。以前に触れた通り、欧州環境庁(EEA)は2023年4月、「このままでは農薬削減目標の達成は難しい」とのリポートを公表しました。
また、これも以前に触れた通り、フォンデアライエン欧州委員長は2023年9月、「農家とより多くの対話が必要で、対立は避けたい。農業の将来に関する戦略的な対話を始めたい」と述べ、F2Fを見直す可能性を示唆しています。未来の農業の世界標準を目指しているF2Fは揺らいでいると言えます。
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