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判断材料として、違和感は大切だ。

「「相性」って、仕事にも関係してくるんだな。」

相性(合性、あいしょう)とは、二人ないし複数の人間が各々持つ性質や性格が合うかどうかのことである。 転じて、機械部品などの物に対しても、組み合わせが良い・悪いという場合に相性という言い方をする場合がある。(weblio辞典より)


フリーで、企業に複数社登録して、仕事(案件)を頂いているのだけれど、中には、いろんな仕事情報を頂いているにも関わらず、一度も稼働(仕事を受ける)できてない企業も有る。

そんな企業の一つから、先日、「セキュリティーの観点から、稼働実績のない人の登録を削除します。」と通知が来た。

「え・・・、それは困ったな。」と、瞬間思ったが、次の瞬間には、「でも、この企業さんの案件は、何か受ける気になれないし、ま、いっか。」とも思った。

こういうのが、「相性が悪かった。」とでも言うのだろうか?


今まで、いろんな企業で働いてきて、中には試用期間で辞めた事も数回有ることを振り返ってみても、そういう「相性」みたいなのは確かに存在すると思う。

仮にA社と言う企業が在ります。その企業は、ちょっと大企業で、福利厚生の制度や手当、規則などがしっかり有り、当然のように「スーツで出社してね。」と言われるような所でした。

世の中にはいろんな人がいるので、「スーツで出社するの?カッコいいね。」と思う人もいる一方で、「そんなのダサい。」と思う人もいる。

僕は、どちらかと言うと、後者の方で、「ダサい。」とかそこまで思わないが、「面倒くさいな。」と感じた。

そのA社を辞めた理由は、ほかにも有るけれど、本当にいろんな部分で、「何か違う。」と違和感を感じていた。この違和感こそ、相性の正体なのだ。

近頃、その時のことを振り返って思うのは、「あの時、違和感を大切にして良かった。」である。

僕は、世間で言うと「いい歳」だ。
だけど、何者でもないし、何も持ってない。
でも、何とか生活できていて、やりたいこともでき、それほど不満もなく、むしろ幸せだと思えている。

確かに「あの時」、退職しようと思った時、不安が随分あった。
「次の仕事、まだ決まってないけど、大丈夫かな?」
「お金のやりくり、どうしよう?」
「ちょっとした違和感で、辞めるって言いにくいな。」
とか、いろいろ。

でも、何とかなっている現実がある。

逆に、そのまま残っていたら、毎日不満たらたら言って、余計にしんどくなったり、自分が嫌になったかもしれない。
実際、若いころの自分はそうだった。

上手く行かないのは人のせいにして、サボる事ばかり上手くなっていたね。

だから、違和感を大切にして、動いたのは良かった。


でも、多くの人は、「ちょっとした違和感」で、動いていこうとすると、「ちょっとの事なんか気にするなよ。」「もっと、おおらかに生きたほうがいいよ。」なんて言う。


でも、私は断言したい。「「ちょっとの違和感」を馬鹿にしていると、やがて大きな問題になっている。」と。


人と比べれば、僕は、下の方だが、満足感や充実感は半端ない。
それも、ちょっとの違和感を見逃していなかったからだ。


少しの違和感でも大切にし、決断の判断材料にしたほうが人生は上手く行くかもしれない。


と思う、今日この頃。





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