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心の病はなってみないとわからないから
適応障害になってから、生きづらいと思うことが増えた。
ネガティブになりたくないのにネガティブになってしまう。観たいアニメも読みたい本もあるのに楽しむことができない。人に会いたいけど会うのが怖い。外に出たいけど人混みや電車に乗るのが怖い。働きたいけど体と心がついていかない。
適応障害になったことない人からしたら、なんで?と思うようなことばかりなのだろう。
まさに今日、彼と電話していて感覚の違いをより実感した。
彼とは遠距離でしばらく会えていないため、不満に思っていることはないか聞いたところ、元気のない私の姿を見たくないと言われてしまった。彼は、「ネガティブな発言をされると自分までネガティブな気持ちになってしまうから、なるべくそうした発言はしないで欲しい。考え過ぎちゃうのはわかるけど、本を読んだり楽しみ見つけて欲しいな〜」と。
彼なりに元気になってほしくて言ってくれているのはわかる。彼は彼で自分の生活を頑張っているわけだからネガティブなことを言わないで欲しいという気持ちも、ものすごくわかる。
そうか、普通に元気で生活してる人にこの辛さはわからないのだな、と改めて感じた。
私はこれまで、相手の気持ちを全てわかることはできなくても、わかろうとする気持ちがあれば相手に寄り添うことができると思っていた。でも今回の件で、そんなことは綺麗ごとなのかもしれないと身を持って思い知らされた。
心の病気はなってみないとわからない。寄り添うことはできても、本当の辛さはその人自身にしかわからないから。
私は、私の大切な人にこの気持ちをわかってもらおうとしていた。でも、全て分かち合うことは無理なのかもしれない。こんな希望を打ち砕くような文章を書いて読んでくれた方にも申し訳ない。こんな思いをする病気は私の周りの大切な人たち、いや、誰にもなってほしくない。
周りから理解されずに孤独な気持ちになっても、自分だけは自分の味方でいたいと思う。