『委員長』。中学・高校でクラス委員長を六年務めた、美咲のあだ名だ。顔見知りの多い地元大学に進学したため、あだ名はそのまま大学の同期にも広がった。 委員長と呼ばれることに、美咲は内心、悪い気はしなかった。「しっかりしている」と、周りの大人たちの期待に応えてきた自負があったからだ。その称号は、むしろ喜ばしいもので、頼られることも、周りをまとめていくことも嫌いではなかった。 だからこそ、揶揄されたことに衝撃を受けた。上京して社会人になり数か月、初めてのことだった。 『あ
毎朝の習慣。ジャージに着替え、川沿いの道をランニングする。川は朝の光を穏やかに返して、吹き抜ける風も心地よい。退職後も続けるルーティンだ。 だが困ったことに、最近はそれが叶わない。マナーの悪い車が増えたせいだ。川沿いのコース前の横断歩道で止まっても、どの車も止まってくれないのだ。この道は大通りの裏道で、混雑を避けてここを通る人が多い。混むのは仕方がない。 とはいえ、横断歩道というのは歩行者優先のはずだ。目立つ色のジャージを着ているのに、どの車も速度を緩めずに
私は、その話を山深い集落にある老翁から聞いた。三十年前の事だ。 彼は、昆虫の研究で訪れた若かりし私をもてなしてくれた。私は自身の研究において非常に貴重な(これは私たち研究者にとってとても大切なことなのだ)種の採取に成功した。浮足立ったのはこちらだけでなく、先方も手土産にした酒の味にずいぶんと上機嫌であった。 それは良かったのだが、問題は老翁の長話であった。 長者である彼の家は裕福で、酒の肴と言わんばかりに古い書や骨董の謂いわれを語り、次第にこちらが口をはさむのを
師走の雪は何もかもを白く塗りつぶした。 陰鬱な長い雨、みぞれ雪の日々が続くと、ある朝、窓からしらじらとした光がもれる。 お紺は、目覚めのその瞬間に、大雪が積もったのを知った。 「さて、やらないとね」 戸を開けると、雪明りで目が眩む。一晩で降り積もった雪は、家や道の段差を隠して、まっさらな土地のようにしてしまった。 年の瀬が近づいている。お紺はこの季節が好きだ。 冬の、しんとした空気に神社のような清らかさを感じるのは、新年を白い雪の中で迎える北国育ちの魂