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映画の風景
アニャ・テイラー=ジョイ主演の『ウィッチ(2015)』を観た。欧州の冷ややかな大地に流れる、あのおどろおどろしい空気感が好きだ。霧が立ち込めた森、湿った土、身を切るような小川の流れ。日本の風土とは文字通り別世界も別世界。
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『ウィッチ』は更に思想世界をも作中に組み込む。"魔女"である。それは信仰の中に根付く存在であり、詰まるところ人間の内にのみ存在する。人というものはどうして避けたい、避けるべき存在を他でもない自らの内に持つのであろう。
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似たようなもので『ノベンバー(2017)』という映画を一月に観た。こちらは民間伝承に基づいた世界観が描かれる。死者や悪魔がその辺にいる、そんな世界。モノクロで描かれたこの世界のなんと美しかったことか。寒々とした空気感は切なさ、悲痛さと重なり感情を揺さぶる。
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モノクロ繋がりに加え『ウィッチ』と同じくロバート・エガース監督作品の『ライトハウス(2019)』は一一、趣旨より逸れるゆえ我慢。
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ならば、ではないが監督の最新作『ノースマン(2022)』を観たのは二月の頭、いや、一月の最終日だったか。宗教や民間伝承とも重なるものの、そういった要素は殺伐とした作品世界に突き返される。利用される程度の存在感に留まっていたとでも言おうか。
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如何せん『ノースマン』は主人公の内なる意志が他を寄せつけない。その意志は信仰の賜物であるのだが、"脆さ"や"不安定感"、忍び寄るような"生死の境"を感じさせない。戦士の信仰、という形式上の性格もあろうが、私が感じたのが"意識"の能動的形態、転じて受動的形態だ。
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『ノースマン』の主人公はヴァルハラを目指す。自らの世界を自らの手で切り拓く、自ら手繰り寄せる。内に向かうようで目線が外に向くこの姿勢にこそ、恐れや不安なき強靭な意志が象られるのであろう。煩いようだが前述二作の信仰生活に対して大いに能動的だ。
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同様に悟りという一種の場所を目指す仏教なる信仰は一一、ここで軌道修正。そう、最後に紹介したいのが『グリーン・ナイト』という映画。これは昨年末に鑑賞したが、前掲数作を含めても一番の私好みである(知らんがな)。
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〈アーサー王伝説〉を下敷きに〈旅する英雄〉を描く作品として撮影された本作は、やはり畏ろしさの立ち込めるあの大地を"伝説"の舞台とする。こちらの主人公は『ノースマン』のそれとは打って変わって能動と受動を併せ持つ。
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あくまで中世の現実的世界観を出発点とする本作、英雄に成らんとする彼が辿る数奇な運命はスクリーンを見つめる我々をも魅了する。"圧倒的映像美"、これに尽きる。冒頭で述べた〈霧が立ち込めた森/湿った土/身を切るような小川の流れ〉の全てを壮大且つ緻密に描き出す。
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手放しで褒める、とはこのことであろうがそんなことは構わない。断言する、作中世界の描写は有無を言わせぬほど素晴らしい。数々の異物の登場は世界観に溶け込むように遂行され、そして観るものに違和感を抱かせないのだ。
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長くはなってしもうたが、謂う所の"現実"の境を揺さぶる力を持つこれらの作品が好きだ。その震度が文字通り大地から放たれるのなら尚好ましい。上で幾度となく挙げたあの大地は、私の感覚に大きなぐらつきを与えるのだ。