花顔柳腰(月と六文銭・第22章)15
花顔柳腰:容姿の美しい女性を言い表す言葉。花顔は花のように美しい顔を指し、柳腰は柳のように細く、しなやかな腰を指す。
山名摩耶は三枝のぞみの大学からの親友で今時珍しく果敢に冒険をするタイプの女性だった。山名は三枝と恋人・武田の部屋に遊びに行って、直接知り合う機会が得たが、そこから彼女のちょっとした冒険が始まった。
医療コーディネーター・河島良子は世界中の元首や指導者の健康管理に関する質問に答える国際コンサルティング会社の敏腕コンサルタントだ。今回、アフリカにあるリベーリア共和国の実質支配組織、リベーリア円卓会議の書記長・ミンナグ・ウォーラン大佐の依頼で国外で無事に心肺バイパス手術を受けさせるため、河島が派遣された。ウォーランは数日前に日本に入国し、本日午前に東京に到着して手術前検査を終え、ランチを河島と摂っていた。
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ウォーランは妻と子達を欧州のリゾート地に送って、政治的避難をさせていた。自分の暗殺もさることながら、家族に危害を加えられるのを警戒してのことだった。初めは慣れない環境、知り合いがいない状況などに妻がストレスを溜め、苦情が次々と送られていたが、会員限定の施設で知り合った別の国の大使館員・マークと親しくなってから精神が安定した。
「欧州のリゾートではお金持ち同士のお付き合いが難しい時もありますからね。
もちろん慣れると大佐の奥様と同じような境遇や背景の女性たちがいますから、すぐに仲良くなって今の境遇を受け入れるようになり、落ち着きます」
「そのようだな」
「必要があれば、我が社がツアーを組んで旅行やカンヌのようなレッドカーペットイベントにお連れすることもできますから。
ストレスの発散も大切な健康管理ですよ」
「ああ、君といるとそれはよく分かるよ」
河島は静かに微笑み、お食事が終わったのを確認した。
「旅の疲れを癒しますので、お部屋に移動されますか?」
「ああ、頼むよ」
「はい。
ただ、お部屋に付きましたら、着替えさせてもらってもいいでしょうか?」
「ん、何に着替えるんだ?」
「しばらくは安静になさらないといけないので、その前に少し興奮できるような恰好をさせて頂こうかと」
「ほぉ、それは楽しみだ。
しばらくは俺もそういうことができなくなるから、その前に」
「はい、分かっております。
ただ、これは大佐が私にしてくださったことに対する個人的なお礼だということを忘れないでください。
会社の規定にも倫理にも反していることですのよ。
あくまでも私個人が大佐の配慮に対してとった行動と思ってください」
「分かっている。
儂とて妻を裏切って東洋の女性に手を出していることは自覚している。
君が妻に訴えたら、儂が苦しい立場になることも分かっている」
「だからこそ、お互いに責任が取れる範囲でこの関係を収めましょう」
「ああ、もちろんだ」
料理は彩り豊かで魚も肉も柔らかく、デザートは口の中でとろけるようで、河島は終始目を細めて喜び、ウォーランも一口ごとに感心して味わっていた。
河島にとってウォーランの武勇伝は嫌みがなく、本当に国民を思って敵国と戦ってきたのが分かった。しかし、正直なところ、善意で始まった闘争もいつの間にか私利私欲が絡み、大義が霞んでしまうことがほとんどだった。
そして、残念ながらウォーランも権力という魔物に憑りつかれ、自分だけが大義を果たそうとしていると思い込むようになり、少数民族や敵対勢力を弾圧するようになった。
河島はナプキンを握ってテーブルに乗せた。ウォーランは軽く右手を挙げ、ウェイターが来るのを待った。
ウェイターが二人すぐにテーブルに着き、二人の椅子を引いて立ち上がりやすいようにした。
河島はすぐに食事のお礼をウォーランとスタッフに伝えた。
「ごちそうさまでした。
とても美味しかったわ」
ウォーランは英語とフランス語で満足した旨を伝え、エレベータに向かって歩き出した。
妻ならすぐに腕を組んで歩き出すのだが、今回は妻でも愛人でもなく、コールガールやエスコート嬢でもない医療コンサルタントの女性が隣を歩いていたのだ。腕を組む理由がないからウォーランも腕を組めと突き出すこともせず、隣に歩いているのを確認するだけだった。
「大佐、ごめんなさい。
こういう場では腕を組むのでしょうけど、私は、その、あなたとの関係を公にはできないので、隣にいることでご納得してください。
確かに日本にあなたがいることを知っている人はほとんどいないし、アナタの顔を知っている人も少ないと思います。
それでも、私もプロのコンサルタントとして、色仕掛けや体で案件を取っていると言われたくない点、ご理解ください」
「おう、分かっているよ。
儂からのフィーは君のサービスに対するもので、君をベッドに誘い込むためのものではないと明言しておこう」
<それでも本国出国前にはさんざん「東洋の美女はいい味がする」と私との情事を周囲に自慢していたことを私が知らないとでも>
エレベーターに乗った瞬間、大佐は監視カメラの角度を確かめ、さりげなく河島を抱き寄せ、キスをした。
「あん、まだ早いですわ」
ウォーランもある程度上流階級の出身ということもあり、粗野な軍人上がりと違って、力ずくで女性に何かをしようとはしなかった。
「分かっておるが、もう5日間も離れていたんだぞ」
<そうだった。本国では2日に1回私を呼び寄せて、夜の相手をさせていたから、5日も開くと随分と長く感じるのだろう。飛行機に乗っていたから、そういうこともできなかったし、相手もいなかったし>
「なら、あと数分、お待ちになって。
私があなたのために用意したものを見たくありませんの?」
「おう、そうだった!」
大佐は日本に対する理解がかなりあって、特に女性の着物が好きだった。本国にいた時はスタッフの数人が浴衣で盆踊りの説明をした時は食い入るように見ていた。
「じゃあ、儂が好きな和装の?」
「ええ、そのつもりで用意してありますので、もう少しお待ちになって」
「おう、分かった!」
「ご存知だと思いますが、長らく日本女性は下着、西洋で言うランジェリーを身に着けず、着物を着ていました。
しかし、着物も何層にも分かれていて、下着的な、一番肌に近いものもあります」
「おう、それを君は下着のように着て、儂を楽しませてくれるのだろう?」
「そのつもりです。
絹でできていて、繊細で薄く、私の体の線を全てご覧いただけます。
大佐の好きな乳首の立っている様子もご覧いただけますわ」
そう言っているうちに大佐の部屋があるフロアに到着し、乗った時と同じように、大佐が先導し、河島が続いた。
護衛がいるので、大佐の部屋がどれかすぐに分かった。
大佐が近付くと護衛の一人がカードキーを取り出し、ドアを開けた。
もう一人が河島にキャリーケースを渡した。この中に大佐が楽しみにしている和装が入っている。
「君は飲まなかったな」
「はい。
大佐は飲まれるなら、どうぞ」
ウォーランはペイルに入っているワインボトルを取り、ノン・アルコールの赤ワインをグラスの1/3ほど入れ、カーテンを開けた。
「少しお待ちになってくださいね」
「ああ、大丈夫だ、焦ることはない。
4時までは誰も邪魔をせん」
河島は広いバスルームで着替えていた。順番に脱いでは服をハンガーにかけていった。スーツのジャケット、タイトスカート、ブラウス。次に畳んでスツールに脱いだものを置いていった。ストッキング、キャミソール、ブラジャー、ショーツ。
バスルームの姿見にはきりっと唇を結んだ河島良子が写っていた。下半身を覆う毛はきちんと二等辺三角形に整えられ、その他の全身の毛は脱毛を完了していた。
キャリーバッグからは革の入れ物を取り出し、鏡の前で広げて、京都の名人が作ってくれた簪を見つめた。
<今日は使わずに済むはずだ。>
河島は髪をくるくる巻いて、アップにし、素早く簪を通して、固定した。
「これくらいがいいわね。
そして、お待ちかね、じゅばーん!」
河島は和紙に包まれた和装の下着、襦袢<じゅばん>と呼ばれるものを取り出し、丁寧に肩の位置などを合わせ、前を重ね、やや幅の広い帯を巻いて留めた。
<こういうの好きだよね、外人。いまだに「侍、忍者、富士、寿司、芸者」と言うもの>
河島は敢えて崩さず、余分な色気を出すのを避けた。これで十分大佐は興奮するだろう。
「大佐、お待たせしました、ベッドルームに行ってもいいですか?」