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花顔柳腰(月と六文銭・第22章)12

花顔柳腰カガンリュウヨウ:容姿の美しい女性を言い表す言葉。花顔は花のように美しい顔を指し、柳腰は柳のように細く、しなやかな腰を指す。

山名摩耶やまな・まや三枝さえぐさのぞみの大学からの親友で今時珍しく果敢に冒険をするタイプの女性だった。のぞみの交際相手・武田が年上でお金を持っているのは知っていたが、のぞみがどんな付き合いをしているのか興味津々だった。山名は三枝と武田の部屋に遊びに行って、直接知り合う機会が得たが、そこから彼女のちょっとした冒険が始まった。

12
 山元やまもとは「プロパー」と呼ばれる親会社からの転籍社員だったが、他の出来ない社員と違って、ナめた仕事をしているわけではないのを知っている武田は彼をリスペクトしていた。

N「あ、摩耶?
 まーや!」
M「うん、どうしたん?」
N「哲也さん、仕事が始まったから、あまり長居は…」
M「うん、分かってるよ。
 私も準備できたら、さっさと出掛けるよ」
N「お願いね。
 あの人に迷惑はかけないで」
M「分かってるってば」
N「うん、じゃあ、お願いね。
 鍵も」

 そう言ってのぞみは靴を履き、玄関を飛び出していった。摩耶は靴ベラと自分の靴を整え、玄関の鍵をきちんと掛けた。

T「摩耶さん、ごめんなさい。
 今夜は難しそうです」
M「ノゾは家に帰るよ。
 ここには絶対来ないと思うけど」
T「いや、私の打合せが夜に入ってしまって」
M「遅い時間もダメですか?」

 山元との調整はチャットを2往復して完了していた。山元は仕事ができる。本当の問題は数日前に受けていたアサインメントが繰り上げられたことだった。大阪、京都を回っていたターゲットが予定を繰り上げて東京に移動し、ホテルには一泊だけすることになったらしいのだ。チャンスは宿泊先のホテルにいる間の数時間だ。しかも、現時点では快晴なのだが、午後3時過ぎには前線が東京を通り、風が強くなるということだ。
 ターゲットの宿泊先の赤坂付近はビルが多く、ビル風が複雑に吹くため、狙撃の難度が上がる。従来の予定では、明日の夜には前線が通り抜け、穏やかの天気になる見込みだった。それが今夜となると、風と距離が敵に味方することになる。急いで狙撃地点を近くに変更することは望ましくない。都心のビルだと誰がどこから見ているか分からない、つまり、マズル・フラッシュが目撃される可能性が一段と高まるということだ。
 今夜への変更は中止して、空港へのルートで狙撃することも可能だが、そうなると大使館員やら日本での随行員もその場にいる可能性が高く、「強請屋ゆすりやニッシー」のように車ごと事故に見せかけて処理しても外交問題が残る。
 様々な可能性を探ったが、結局「場所を変えて、本日狙撃する」との結論は変わらず、納得がいかないまま、武田は仕事に突入しそうで嫌な感じを持っていた。失敗が怖いのではない。長くやっていれば、失敗することもあるだろう。今まで失敗がなかったのは奇跡だった。どんなに完ぺきに計画を立てても、枯れ葉一つが目の前を通り過ぎるだけで失敗する可能性のある難しい案件しか引き受けていないが、これまで失敗はない。
 失敗が怖いのは、ドミノ倒し的にいろいろなことがかみ合わなくなり、結局は官憲に追われることになるのが予想されるからだ。

M「ダメですか、遅い時間でも?」

 摩耶は不安で、同じ問いをした。武田に初めて会ったのに、多分こんな険しい顔を恋人ののぞみにもあまりしないのだろうことは想像できた。

<哲也さん、何か本当に困っているらしい>

M「アタシ、そろそろ、行きます…」

 武田はハッとして、摩耶の方を向いて返事をした。

T「あ、ごめんなさい、ちょっと立て込んでしまって」
M「アタシの方こそ、こんな時にお邪魔していて、すみません」

 武田は一瞬考えた。武田的には十分に時間をかけて、様々な可能性を考慮したが、外から見たら、数分の一秒にしか見えなかっただろう。

T「後で、来るなら、鍵を持って出かけてください。
 その代わり、今夜、二人の間で起こったことは一生どんなことがあってものぞみに話さないでほっし。
 多分、摩耶さんが経験してことがないほどの激しい行為を君のナイスバディで受け止めてもらうことになる可能性があります。
 それが嫌なら、今、鍵を置いていってください」
M「アタシ、受けます。
 アナタの激しさ、受け止める自信があります」
T「そう。
 なら、その鍵を持って行って、夜、戻ってきて。
 その代わり、ここで見たこと、知ったことは口外しないと誓ってください」

 摩耶は一瞬戸惑った。何かとてつもない秘密のある男に関わってしまったのかもしれないと首の後ろの毛がザワザワした。

<この男は、自分の恋人すら知らない面を私に見せるかもしれない。大丈夫だろうか、今夜来て?サンドバッグのように痛みつけられ、犯され、部屋の隅に転がされるなんてこと、ないよね?縛られ、天井から吊るされ、SMプレイを強要されるのかな?異常に発達した上半身と多くの女性を泣かせてきたであろうペニスを見ると、少なくともノゾが想像できない世界に生きてきた人のようでもあるのに…>

 いろいろな考えが頭をよぎったのに、もう体は誘いに応じるつもりみたいだった。武田の視線を受けて、女性の部分が潤ってくるのが分かった。

<あん、濡れてきた。あぁ、それでも彼が欲しいんだ、アタシのカラダ…>

M「アタシ、受け止める自信があるから、後で来ます」
T「ここで秘密にすると誓ってください」
M「誓います。
 武田さんとのこと、今夜のこと、秘密にします」
T「分かりました。
 それでは、後で。
 鍵で入っていてください。
 バスルームなどを使っても構いませんので、私が戻るまでに身支度を済ませておいてください。
 意味が分かりますか、身支度を整えるとは?」
M「え、えぇ、分かります。
 アナタを受け入れる準備を整えておきます。
 それでは仕事に行ってきます」
T「いってらっしゃい」

 武田は玄関まで来て、摩耶を見送った。玄関の扉が閉まる瞬間、摩耶が手に持っている鍵を見つめたのが、武田には見えた。ちょっと怖い感じに話が進んだのに、最後の「いってらっしゃい」が妙に爽やかだったのが、摩耶に「武田の心の闇」の深さを感じさせたのかもしれなかった。

<昨晩はあんなに優しく丁寧だったから心配していないけど、本当は誰にでも優しいからすごいストレスを溜めているのかもしれない。もちろんノゾにはそれをぶつけることはしないだろう。ちょっと変態チックなことはさせるけど、暴力やSM的な話は彼女から聞いたことがないし、基本は紳士だと思うんだけど…>

 摩耶は自分を納得させて、預かった鍵をハンドバッグに入れて、エレベーターに向かった。

<彼が激しかったり、SMプレイをしようと、アタシは受けるわ。だって、あの人を、いや、あの人のアレをアタシの中に入れて、たくさん出して欲しいんだもん!>

 武田は玄関扉の郵便受けに鍵が落とされるのかを確認するため、その場に立って、少し待ってみたが、カツカツカツと遠ざかる足音がした。郵便受けの隙間から微かにエレベーターの音がした。摩耶は鍵を持って出かけ、そのまま夜にはこの部屋に戻る、そして、武田に抱かれるつもりなのだ。自分の大学時代からの親友の恋人に抱かれに来るのだ。今時の言葉でいうとNTR(寝取られor寝取る)だ。夫や妻ではないが決まった相手がいる場合、昨今は浮気という言葉も使うからNTRもありなのだろう。

 摩耶は武田に言われたとおり、2ブロック坂を下って左に曲がり、次の坂を上って恵比寿側に出た。そこから山手線の恵比寿駅に向かい、起き始めた町の中心を通り抜けていった。
 夜、来る時もそのコースで来るか、タクシーで直接来るかのどちらかにするつもりだった。

<仕事上の敵が多いと言っても、命を狙われているわけでもないのに、神経質、いや、パラノイドだよね?でも、ノゾの彼氏だし、アタシのリクエストに今夜応えてくれると約束してくれたから、会うための手順だと思って守るわ>

 摩耶は山手線に乗らずに、埼京線で新宿に出て、そこから総武線で飯田橋の職場に着いた。

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八反満
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