花顔柳腰(月と六文銭・第22章)11
花顔柳腰:容姿の美しい女性を言い表す言葉。花顔は花のように美しい顔を指し、柳腰は柳のように細く、しなやかな腰を指す。
山名摩耶は三枝のぞみの大学からの親友で今時珍しく果敢に冒険をするタイプの女性だった。のぞみの交際相手・武田が年上でお金を持っているのは知っていたが、のぞみがどんな付き合いをしているのか興味津々だった。山名は三枝と武田の部屋に遊びに行って、直接知り合う機会が得たが、そこから彼女のちょっとした冒険が始まった。
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台所から戻った摩耶は、コーヒーを渡すのと同時に小さなメモを武田の掌に滑り込ませた。武田は慎重にそれをポケットに入れ、美味しそうにコーヒーを飲んだ。
M「アタシ、ノゾが羨ましい!
妬みの塊です、今日。
昨日からあてられっぱなしで辛い!」
N「そんなこと言わないで!
一緒に楽しく過ごしたいから、ここに来てもらったんだから」
M「分かってます、愛の巣に招待いただいて、素敵な彼氏を見せてもらって、親友の幸せを願う反面、嫉妬って感情もあるんだと言いたかったの」
N「見せつけようとして呼んだわけじゃないよ」
M「分かってまーすって!
ほら、ノゾ、一杯やれ!」
そういって摩耶はのぞみにコーヒーカップを突き付けた。
N「はい、三枝のぞみ、一気いかせていただきます!」
のぞみはコーヒーカップを受け取り、ゴクっと飲んだ。
N「ぎゃぁ~」
のぞみは急いで台所へと走り、蛇口から冷たい水を出して一気に飲んだ。
武田が摩耶の方を見ると、しまったという顔をしつつ、どこか「してやったり」という顔つきでもあった。
M「そりゃ、熱いわな、入れたてのコーヒー」
N「摩耶~!」
M「ごめん、まだそんなに熱かったんだ」
摩耶は拝むように手を合わせ、許しを請うた。
N「もおう、びっくりしたわ。
全然冷めていなかったよ!」
M「口の中、火傷して、しばらく口でできなくなったら困るか」
N「そうよ!」
のぞみは「ハッ」として、真っ赤になった。そうした行為をしているのは全くおかしなことではないのに、自分から「それをしています」と白状したようなものだった。
のぞみは武田の方を見て、「どうしたらいいの?」という顔をした。
N「摩耶ったら、なんてことを言わせるの!」
M「いいじゃん!
ノゾがフェラをしてないって言ったら、『嘘つき!』って攻めるか、アタシが思いっきりドン引きするかのどちらかになるもん」
N「そうだけど。
もう、朝からテンション高すぎ!
私たちはこれから仕事に行くのよ!」
M「元気百倍!
恋人宅から仲良くご出勤なんて最高じゃない?!」
N「それはそうだけど、茶化さないでよ、もう。
それでなくても、顔から火が出そうなほど恥ずかしいんだから」
M「えぇ、別にフェラするのは普通だよ、今時」
N「そうじゃなくて、本人を前に私に言わせないでよ、メチャ恥ずかしいんだから!」
摩耶は、まだ赤い顔をしたのぞみと目が点になっていて、蛇に睨まれた蛙のように全く動けない武田の顔を見比べた。
<なんか意外と純粋なんだね、二人。もっとドロドロした愛人的関係かドライなパパ活的関係かと思ったけど、本当にお互いのことが好きなんだ。昨晩のアタシの行動をノゾに伝えていないみたいだから、武田は少しだけ下心があるかもしれないけど、アタシとのぞみの関係を壊したくないという思いやりなんだろうね。この辺りが大人の余裕というか、のぞみが武田に求める大人の部分なのか…>
のぞみは武田の顔を見て、何もないことを確信してから、摩耶に質問した。
N「ねぇ、摩耶は私が寝ている間、哲也さんを誘惑した?」
M「いや、してないよ。
ノゾたちが夜しているのは聞こえていたけど、アタシはトイレに一度起きただけ。
武田さんはその時はもう寝ていたよ」
N「そう?」
のぞみの視線が「本当?」と問うてきたので、武田はゆっくり頷いた。
T「僕は本を読んでいる途中で寝てしまっていたみたい」
N「まぁ、私の恋人だから摩耶の誘惑には乗らないはずだもん」
それぞれの事情が複雑に絡むと、真実はどこにあるのか分からなくなるし、それぞれが自分が信じたい結論に至っていたのだろう。
のぞみは、武田としっかりセックスし、彼はしっかり自分の中に出したのだから、摩耶に誘惑されるはずがない、と思った。今日は安心して自宅に帰るつもりだった。
摩耶は、のぞみが満足するセックスをして寝たのは知っているが、武田がまだ元気だったこと、自分に興味があること、も知っていた。今夜はあの元気なペニスを頂くつもりだった。
武田は、のぞみがしっかりセックスし、昨晩の本来の目的を達して満足していることを知っている。また、摩耶が親友が隣の部屋で寝ていてもその恋人を誘惑するような勝気な女性であること、今夜再度チャレンジするつもりなのを知っているし、のぞみが今夜は外泊しないことも知っている。摩耶が魅力的なボディの持ち主であることも知ってしまっていた。
M「そう、鍵、どうしたらいいの?
アタシの方が出るの後になるよね?
ポストに入れておいたらいい?」
N「そうね、鍵を掛けたら扉のポストに入れて置いたらいいんじゃないかな」
M「武田さん、それでいいですか?」
T「はい、そうしてください。
のぞみさんには後で僕から渡しておきます」
M「分かりました!」
武田はハッとして、摩耶の魂胆に気が付いた。のぞみは気が付いていないようだった。
この部屋の鍵を持っている摩耶には2つの行動が許されるのだ。
まず、このままいて、部屋の中を見てから出ることが可能となる。隠し棚に気が付くとは思えないが、自分がいない間に何に気が付くのか分からないのが怖い。本当に何かまずいことに気が付いたら、組織が処理することになる。そうなったら、まず生き延びることはできない。
2つ目は、鍵をポストに返さず、そのまま持って出ることができる。夕方、戻ってきて、勝手に部屋に入ることができる。自分が先に戻っていて、鎖を掛けたら勝手に入ってくることができなくなるが、摩耶が約束を破って鍵を返さなかったことがのぞみに知られ、問題となるだろう。
T「あ、のぞみさん、先に会社に行ってもらってもいい?」
N「え、どうしたの?」
T「ロンドンの山元さんから至急確認したいことがあるらしい。
多分来月のパリ出張の帰りにロンドンに立ち寄る話だと思う」
N「え、ロンドンに立ち寄るの?」
武田は指を唇に当て、内緒だよという仕草をした。
T「摩耶さんはいてもいいけど、オンライン会議になったらベッドルームに入ってもらってもいいですか?」
M「ええ、もちろんです。
私もずるずるいるわけではなく、ノゾよりも出る時間が少しずれる程度ですので」
T「そうですか。
追い出すようで申し訳ない」
M「いいえ、突然押しかけて、いろいろホスト、ホステスにご迷惑をかけてしまい、すみません」
武田は摩耶の言葉を聞きながら、急いで返信を打っているようだった。標準時では東京・ロンドン間は9時間の時差があった。現時点では夏時間のため、8時間となっていた。つまり、ロンドンは既に夜9時を回っていたのだ。今連絡して調整できれば、ロンドンの山元は今日中に処理ができるわけだ。
化粧などの準備が必要な女性陣にベッドルームを使わせ、自分はダイニングテーブルで返信を入力していた。
<ん、チャットか?>
そうのぞみが思っていると、武田が「なんでだよ?!」という顔を画面に向けて放った。どうも調整の行方が気に入らないらしい。
<うわ、珍しく怒ってる!>
武田がそういう表情をするのは珍しい。それに今のタイプのし方があまり優しく感じられなかった。チャットで意見を戦わせているのだろう。
N「準備できたから、私、行くね!」
武田は画面から顔を上げて、手を振り、のぞみが玄関に向かうのを目で追った。
N「行ってきまーす」
T「はい、行ってらっしゃい!」
N「後で会社でね!」
T「はい、オフィスで!」
武田は引き続き激しくキーボードを叩いていた。ロンドンの社長・山元はプロパーで株主会社の出身。武田とはバックグランドが違った。