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花顔柳腰(月と六文銭・第22章)1

花顔柳腰カガンリュウヨウ:容姿の美しい女性を言い表す言葉。花顔は花のように美しい顔を指し、柳腰は柳のように細く、しなやかな腰を指す。

山名摩耶やまな・まや三枝さえぐさのぞみの大学からの親友で今時珍しく果敢に冒険をするタイプの女性だった。のぞみの交際相手・武田が年上でお金を持っているのは知っていたが、のぞみがどんな付き合いをしているのか興味津々だった。直接知り合う機会が訪れたが、そこからはちょっとした冒険が始まろうとしていた。


 武田がいろいろ試行錯誤している時、恋人の三枝のぞみから電話が来た。

のぞみ(N):哲也てつやさん、今日、銀座のハイエク・ビルにいた?
武田(T):いや、今日はずっとテレワークしていたよ。
N:そうなの?
T:どうして?
N:今日の午後半ごごはん摩耶まやと銀座にいたんだけど、哲也さんがハイエク・ビルから時計屋さんの袋を持って出てきたように見えたの。
 あ、摩耶、今、お手洗い。

 午後半というのは武田達が所属するAGI投資では、午後の半日休暇のことだ。のぞみは今日の午後、休みを取っていたのだ。
 摩耶はのぞみの大学の同級生・山名摩耶のことで、のぞみが唯一、武田のことを話している相手だ。のぞみが武田とエッチする時、ほぼ毎回イっていることを話したら、とても羨ましがられた。摩耶もそれなりにモテて、それなりに経験があったが、イったことが片手をも満たさない程度で、それからは会う度に「ノゾ(のぞみの綽名)、昨日もしたの?で、イった?」と毎回いじられるのがお約束になっている。

T:ふーん。
 どこのブランドか分かる?
N:グレーの袋だったよ。オメガかな?
T:じゃあ、僕じゃないね。
N:どうして?
T:もう欲しいオメガの時計は持っているから、買う必要ないじゃない?
N:確かに!
 でも、すごい似てたよ!
T:世の中には似ている人が3人いるって都市伝説みたいのがあるよね?
 それじゃないの?
N:でも、スーツ姿、すごい似てたよ!
T:お、僕のドッペルゲンガー登場か?!
N:ドッペルゲンガーって分身?
T:分身というか、元々は自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種。
 日本だと同じ人が同時に別の場所に目撃されることを指すようになっているけどね。
 問題はドッペルゲンガーが本人に関係のある場所に出現することで、本人がそこにいたと証言されちゃうことだ。
N:じゃあ、私が見たのは哲也さんのドッペルゲンガーだったのかなぁ?
T:僕じゃないから、似た人かドッペルゲンガーだね。
N:本当にいるの、ドッペルゲンガーって?
T:僕は会ったことないけど、のぞみさんが見たのなら、少なくとも僕じゃないからドッペルゲンガーじゃないの?
N:本気で言ってるの?
T:だって、本当に僕じゃないから。
 少なくとも今日は僕じゃないよ。
N:まさか、哲也さんの偽者?
T:え、それは困るな。
N:例えば、レストランに行って、哲也さんの名前を騙ってサービスを受けたり、カードで買い物をしたり、女性と会ったりしてたら、嫌じゃない?
T:ほかの女性といたら、本当の僕は困るね。
N:ドッペルゲンガーだったら許されるけど、本当の哲也さんがほかの女性といたら、私が許さないからね!
T:それはそうだ!
 というか、僕が他の女性と出掛けるわけないでしょ!
N:そうだけど、例えばドッペルゲンガーが哲也さんのふりして、派手に女性と関係していたらまずいよね?
 会社でも困ったことになりそうじゃない?
T:それはまずいけど、のぞみさんが僕のこと信じてくれていたら、それでいいよ。
N:私は信じているけど、今の社会や会社だとスキャンダルで社会的に葬られる可能性だってあるでしょ?
T:その時は辞めるよ、会社。
N:ふーん。
 哲也さんは会社辞めても生きていけるだけの実績も実力もあるからいいけど、普通の人にそれはないよね?
T:だから普通の人は不倫だの不正だのをしちゃいけないんじゃないの?
N:自分はいいの?
T:いや、そういう意味じゃないよ。
N:じゃあ、どういう意味?

 と、こうして武田は地雷を踏み、のぞみが爆発寸前まで加熱し始めていた。そうなると収拾はつかないことは分かっていた。武田は数秒空けてから返答した。

T:おいで、今夜。
N:あ、誤魔化した!
  何か隠しているの?
T:さあね、来たら分かるよ。
N:あ、本当は銀座に行ったの?
T:行ってないよ。
  ちゃんと真面目にテレワークしてました!
N:じゃ、どうしてエッチして誤魔化そうとしてる?
T:僕はそういうことしないでしょ?
  のぞみさんとする時は誠心誠意尽くしているでしょ?
N:それはそうなんだけど…
T:中目黒のフィネス・ハイツ404。
N:今、中目黒なのね。
T:来るの、来ないの?
N:行く!
  もうすぐ食べ終わる。
  摩耶には今夜、哲也さんのところに行くかも、と言ってあったから、食べ終わったら別れてそっち向かうね。
T:ここには来てもらっても大丈夫だから、摩耶さんも連れてきたら。
  女性向きのデザートワインもあるよ。
N:わ、ありがとう、戻ってきたから、聞いてみるね。

 大学の同級生の摩耶との話は少し時間がかかるだろうから、武田は携帯電話のスピーカーをオンにして、ノートパソコンに向かった。

 不確定要素として現時点で全く確定できないのは韓国大統領の警備担当がどういったプリコーション(予防的措置)を取るかだ。
 特殊部隊による警備よりも狙撃隊による上層階警備に加えて、地上はSPで周囲を固める方式の要人警護が現実的だ。そして、あの国独自の狙撃隊「ムジゲ組」の狙撃手を数名配置して大統領の命を狙うスナイパーを直接排除するだろう。
 虹組か…
 武田は頭の中に蓄積されている過去のデータを整理して、候補、射撃スタイル、身体的特徴を思い出そうとしていた。
 いつも二人組。
 米国海兵隊狙撃班と共同訓練。
 北朝鮮ナンバー3を排除。
 ヨット上の韓国マフィアのドンを殺害。
 立て籠もるデモ隊のリーダーを殺害。
 困難な任務を確実にこなして、今では勲章を3つも4つも貰っているはずなのに、全く顔が判明していない天才スナイパーの2人組。しかも、どちらもフロント(狙撃実行の役割)ができる実力者と言われている。常に交代可能だから、仕事にムラはなく、確実にターゲットを仕留めているらしい。いや、虹組というからには二人組ではなく、集団なのだろうか?米国で言うスナイパー班みたいな形で数名からなる小集団なのか?
 現韓国大統領の父、当時の大統領を殺害したのも虹組と言われている。もちろん同じ二人組ではなく、何代目かの虹組だろう。当時は軍と政府は仲が悪く、大統領が強権を発動して軍産複合体を解体しようとした結果、逆に軍と産業界が結託して暗殺したとされている。今の大統領は軍と産業界を押さえているからいいが、一旦軍と拗れると複雑な状況になるだろう。ましてや、今大統領側にいる虹組も敵対するとなると暗殺される可能性が数倍に跳ね上がるだろう。

N:あ、もしもし、聞こえる?
T:ここにいるよ。
N:あのね、摩耶が「え、いいの?」って感じで聞いているんだけど、いいよね?
T:「ここがどこか口外しないでね」と言っておいてね。
N:もちろん。

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