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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(30)

第三十章
 ~名門校三年生、母を刺す~

***
 翌朝、学校に着いたマサミとユリは金づちで頭を殴られたような衝撃を受けた。
 クラスルームに入るなり、担任からいきなり「スミレが母親を刺して、警察に逮捕された」ことを聞かされたのだ。
 そのすぐ後に全校集会が開かれ、「今後数日、学校がマスコミに取り上げられるから、全学生は自宅で待機するよう」指示された。
 マサミとユリは顔を見合わせ、「なぜ?何が起こっているの?」という感覚を共有した。

『名門校生、母刺す、家庭内不和が原因か』
 新聞の見出しはこんな感じだった。
『目白にある名門・聖アナスタシア学園高等部3年の生徒が母を台所の包丁で刺した。元々生徒の父母の仲が悪く、夫婦げんかが絶えなかったが、昨晩、母親が刃物を持ち出して父親を何度も刺したが、それを止めに入った娘が誤って母を刺してしまった。父親は重体で病院に収容され、母親は現場で死亡が確認された。娘は血の付いた包丁を持ったまま呆然と立っていて、到着した警察に抵抗せずそのまま逮捕された。」

 これがマスコミが伝えた事件の概要だった。
 名門女子校での事件ということでマスコミが飛びつき、大変な騒ぎとなった。生徒は落ち着かず、特に受験を控える3年生の動揺は大きかった。
 刺されたスミレの父は数年前から同じ会社の若い女性と不倫関係にあって、母がそれを思い悩み、やめさせようと話しているうちに激高して、包丁を持ち出し、彼を数度刺したらしい。止めようと間に入ったスミレと母がもめているうちに包丁の刃が母親の肋骨の間を刺してしまい、肺を貫通し、心臓に達してしまったというのだ。
 スミレは元々悩んでいた母の味方だっただけに、悲劇としか言いようがなかった。相談を受けていたマサミもユリもサクラも胸を痛めていたのに、こんなことになって、やるせない気持ちになった。

 しかし、悲劇はこれに留まらず、最後にマサミとユリを奈落の底に落とす展開となった。
 スミレが首を吊って自殺をしたというのだ。
 警察が身体検査をした際に、スミレがスカートを短くするために腰のところを巻き込んでいたのだが、そこに肩のストラップを巻き込んでいたのを見落としたのだ。彼女はそれを机の脚に結び、机の反対側で首を吊ったのだ。取調室の外からは落ち込んで床に座っているように見えたらしいが、死ぬことに相当意志の強さが働いたそうだ。
 警察の失態もさることながら、父親の不倫が原因だったことから、父親に対する批判がメディア、ネットとも湧き起こり、会社を去ることとなった。マスコミは不倫相手を見つけることができず、不倫はスミレの母親の思い込みだったのではないか、とも言われたが、父親が会社に居づらくなったのは間違いなかった。

***
 アメヌルタディドは聖アナスタシア学園の礼拝堂の屋根の上でユータリスと話していた。

 正門前に陣取っているメディアの取材車両が出入りする教職員と学校説明会に出席する生徒の親に取材しようと構えていたが、同学園出身の都知事が「学生たちの気持ちを理解して、そっとしておいてほしい」と公共の電波を使って異例の意見表明をしたおかげで、混乱はかなり避けられた。
 もちろん、学園長の記者会見が開かれ、「悲劇を繰り返さないよう、生徒達に寄り添い、彼女達の悩みに真摯に向き合うよう努めていきたい」と話した。

「今回は面白かったな。
 ナアマも楽しんでいたらしいな」
「ヴィオラの父親は衰えていく妻に魅力を感じられず、会社の若い女性に興味が移り、妻との関係が疎かになっていったようです。
 父親は元々性欲が強く、妻が魅力的ではなくなっていたところに快活で若さ溢れる女性が部下として配属されたことから不倫に走りました。
 ナアマは久しぶりに若い肉体に乗れ移れるということで、スミレの父親が経験したことがない体位で交わったり、体力負けするくらい長時間の行為を繰り返し、骨抜きにしたそうです。
 アヤツも乗り物が変わると攻め方も変化する面白いサーキュバスです。
 帰宅しても妻にも娘にも何もしたくなくなるくらい体力を奪っておいたせいで、家庭での父親は無用な存在になっていきました。
 話しても反応がないなど、放っておかれた妻はやるせなさが積もり、家庭内を大切にして欲しいとの訴えも無視されました。
 先日のケラスースの死をきっかけに受験生である娘・スミレ(ヴィオラ)のことも気にしてほしいと訴えましたが、これも無視され、母親は爆発しました」
「しかし、上手く娘が母を殺すよう仕向けられたな」
「実は台所にあった包丁のうち、重心が手元に近い出刃包丁を取りやすい位置に置いておきました。
 母親がそれを掴んだわけです。
 出刃包丁ですと重心が手元に近い方にありますので、揉めると柄が下、刃が上を向きます。
 後はどちらかが押せば包丁は相手方に向かって進みます」
「して、最後のとどめはどうやった?」
「ヴィオラは周囲が自分のことをどう思っているのかを一番気にするタイプです。
 まず近い友人が離れていったと聞かせます。
 次に心を寄せていた男性、まぁ、ボーイフレンドですね、が『もう会いたくないと思っている』と思い込ませます。
 これは相当効きます。
 そして、最後はもう逃れられないことを悟らせます。
 悪魔と契約するとはこういうことだ、母親が父親を殺そうとしたのだし、お前は人殺しだ、お前にはもう絞首刑しか残っていない、と吹き込みます」
「優しくまじめな子ほど思い詰めてしまうということか。
 この国のシステム、本当にどうなっているのだ?
 真面目に頑張っている人が報われないなんて、社会システムとしてはおかしいだろ?」
「人間にとって絶対的に平等なものが一つだけあります」
「ほお、なんだそれは?」
「時間です」
「それがどうした?
 面白くもないわ、そんなこと」
「年功序列と言いまして、実力や実績は重視されず、主に年齢が重視されます。
 何年この会社に勤めているか、何年この仕事をしているとか。
 なぜこうなるかと言いますと、時間だけは全員に平等だからです」
「くだらん、実力ある者が上に立たねば、発展しないではないか?
 当たり前のことができていないということか?」
「残念ながら多くの企業ではそのようです。
 そして、もう一つこの島国の不思議な点は年功序列と言いながら、結婚相手としての女性の価値、交際相手としての女性の価値は年齢が上がれば上がるほど下がります。
 つまり、若ければ若いほど価値がある者と扱われます」
「分からぬでもないが、何がおかしい」
「その若さを切り売りして若いうちはお金に換えている面がありますが、気が付くと年齢が上がってしまっていて、結婚相手としての価値がない状態に陥っているということあります」
「男性は年齢が上がらないと収入が十分ではなく、女性は年齢が上がると結婚相手としての価値が不足していく、まるで正比例と反比例のグラフの様ではないか」
「或いは需要と供給曲線の関係でしょうか。
 資本主義経済そのものといえます。
 妻は日に日に衰えが目立ち、新たな部下は若くエネルギーに溢れ、肌に張りがあり、性欲も強い。
 ヴィオラの父の求める女性像です」

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八反満
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