アフタヌーンティー(横浜編)-5
Yカフェのアフタヌーンティーは豊富な種類のお茶(西洋紅茶と中国緑茶)が売りだった。欧米では紅茶とは言わずblack tea(黒茶)といい、中国のお茶は緑茶だ。
のぞみは3~4種類ほど楽しんだ後、最初のファーストフラッシュに戻った。今日は紅茶に徹していた。ティースタンドの菓子類はほぼ食べ終わり、温かい陽光にうっとり(うつら)していた。
武田は台湾龍井を頼み、何とも言えない甘味に舌鼓を打っていた。
「のぞみさんは今日、どうしてブラを着けずにそのワンピースを着たの?」
「分からないわ。
何となく、この生地が気持ちよさそうだったので、そのまま着てみたの。
一応、鞄にはブラジャーは入れて、持ってきてはいるけど、哲也さんが嫌でなければこのワンピースの裏地が気持ちいいから、このまま過ごしたいわ」
「僕が嫌と言ったら?
他人に僕ののぞみの乳首を見られるのが耐えられないって思ったら?」
「なら、すぐにそこの化粧室で着けてくるわ。
哲也さんの嫌がることをしたいとは思わないもの」
「なら、僕の好みに合わせてくれる?」
「もちろん」
「いま、上を脱いでトップレスになってくれる」
「え?
ここで?」
<本気?本気よね、哲也さん>
のぞみは武田が本気なのは分かっていた。本気でなければこんな破廉恥なことは言わない。
<私がたくさんの人がいる前でも彼の為に服を脱ぐことを厭わないことは分かっていた。私、捨てられたくない。でも、私への罰なの?私が彼が好まない恰好をしているから私を罰するの?恥をかかせて反省させようということ?>
武田は微動だにせず、姿勢を変えずにのぞみを見つめていた。早く脱げとも言わず、脱がなくてもいいとも言わず、そのまま、意外と整った顔をのぞみに向けていた。
<彼を失うくらいなら、百人にアタシの裸を見られたってどうってことない。それよりもあと10秒以内に決断しなかったら彼は席を立つ。立ったらもう追い縋っても、言い訳をしても、道理を話しても、元には戻らないことが世の中にはあることくらい私だって分かっている。彼のお願いは、私への命令で、惚れた者の弱み。これがDVに対するストックホルム症候群の一種と言える状況なのかな?>
武田は膝に置いたナプキンに手を移した。あれを取って立ち上がったら、そのまま私を置いていく。
<どうしたらいいの?それは簡単、すぐにこのワンピースの上を開け、胸を周囲に見える状態にしたらいいの。そう、たったそれだけの事。それをしたら彼は今日この後、うんと私を可愛がり、うんと私を褒め、うんと優しく抱いてくれる!>
「待って、私、脱ぐわ!」
のぞみは急いで背中のファスナーを下げ始めた。
ジジ、ジャー
<えい!>
ところが思ったほどファスナーが下がっていなくて、背中が上手く開かず、思い切って「露出狂の女」になる覚悟だったのにそれ自体上手くいかず、ティースタンドに手をぶつけてしまった。
はっ
「のぞみさん、大丈夫?」
「え、あ、え?」
「たぶん陽光が優しく体を温めてくれたから、ウトウトしたんだね」
「あ、はは、私ったら、デートで居眠りするなんて!
アハハハハ」
<夢か!?こんな恥ずかしい話、哲也さんに話すわけにいかないわ。いやぁ、ちょっとご無沙汰だし、彼にも我慢を強いているのよね、ここ数日。そう、先日、摩耶と哲也さんの仲を疑って、雰囲気悪くした罰かな?>
「お茶は美味しかったし、雰囲気は良かったし、ちょうど太陽がのぞみさんの肩辺りに当たっていたから、心地よかったんじゃないかな?」
「うん、そうよね、ハハハハ。
そろそろ港を散歩しましょ!」
「おう、そうだね!」
武田は立ち上がり、テーブルを少しずらして、のぞみが立ち上がりやすいようにした。
<こういうところよね、哲也さんがすごいのは>
この辺りは「マナーを分かっている、いない」以前にレディー・ファーストが身についていないと出来ないことだが、武田はさりげなくやってのけるし、のぞみはそういう行動に慣れてきていた。
だからこそ、のぞみにしてみたら、こういうことができない同年代や近い年代の男性に戸惑ってしまい、減滅してしまうのだった。「できなくても、これから教えればいいじゃないか」と友人・知人は言うが、「目の前にそれができる人がいるなら、その人と付き合うのが当然じゃないのかしら?」とのぞみは思うのだった。
<こういうのが居心地いいのよね。さすが、哲也さん>
のぞみは軽い足取りで出口に向かい、立ち止まって、恋人・哲也を待った。