月と六文銭・第十章(1)
武田は中国人工作員に狙われていると感じていた。一旦別のマンションに移って今後の生活の組み立てを考えることにした。
~ヒトリシズカ~(1)
1
武田は中国人工作員と思しき女性につけられてからは慎重に行動し、必要なものだけを持参して知人のマンションを使っていた。
メルセデスは爆弾を仕掛けられていないか確認してもらってから東京駅に近い別の知人の駐車場に移した。
ポルシェは諦めた。さすがに車が2台とも駐車場に止まってないとなると、こちらが中国の工作員に気が付いたことが伝わってしまうだろう。
恋人の三枝のぞみには、マンションが改装中だから友人の所に居候していて、そこでは会えないから、外で会おうと言っておいた。
シティホテルの広めの部屋で勉強して、ホテル内のレストランで食事をし、勉強が終わっていれば、ゆっくり時間を掛けてメイク・ラブ、終わっていなければ勉強の続きをした。
あまり遅くならないうちに武田はのぞみを送った。毎回違う車を借りて、違う出口を使ってホテルの駐車場から出入りした。こういう時には大きなホテルは便利だった。
車の中で武田はのぞみに英国赴任の話をした。予想通りのぞみは複雑な顔をした。
「一緒に行くか?」
「行きたいけど、たぶん会社を辞めないといけないよね?
お母さんもお父さんも分かってくれない気がするの。
ロンドンに一緒に行ったら、会社の人には分かっちゃうよね?
哲也さんはいいの?」
「一緒に行きたいから話したんだ。
難しいのは分かっている。
でも、言いたくないけど、のぞみは遠距離恋愛ができないよね?」
2
のぞみは反論できない自分の性格の部分を指摘されて、ちょっと膨れた。
「私は一緒に行きたいからお母さんに話してみる。
お父さんにはお母さんと二人で話してみる。
会社は辞めた方が良いよね?」
「辞めた方が余計な詮索はされない。
英国ではプライバシーを優先して、一緒に暮らしていることを伏せることもできるだろう」
「私のことは言えないの?
いろいろ犠牲にしていくのに、隠さないといけないの?
なんか愛人みたいじゃない?」
「愛人じゃないよ。
時が来たら正式な手続きを取ろう」
「すぐに一緒に行ってもいい?」
「3か月くらい後にした方がいいね。
それまでに家などの準備ができると思う」
「もうお母さんに話してもいい?
半年くらいしか時間がないわ」
「そうだね。
英国行きは決定事項だから、今から準備しよう」
笑顔の戻ったのぞみを駅の北口で降ろして、武田は次の駅まで車を走らせて尾行する車がないか、念の為、確認した。
ホテルに戻り、ブラックベリーで状況を本部のOTTOに伝え、中国情報部の通信に自分のことがメンションされていないか照会を掛けた。
3
ちょっと一息ついたところでホームバーで炭酸水を入れ、窓の方に歩み寄り、遠くに煌めく新宿の夜景を眺めた。
シャワーを浴びて、今夜は早めに休もうかと思った瞬間、ドアが2回ノックされ、武田はドキッとした。
バーにあったアイスピックを持ってドアに近づき、ドアの外にいる見えない相手に向かって声を掛けた。
「ルームサービスは頼んでいないが…」
「お父様から、マッサージを依頼されました」
武田は腕時計の磨かれた留めを利用して、間接的にドアスコープを覗いた。これまでも、ドアスコープを覗いた瞬間、頭を撃たれた例はいくらでもあった。
なぜ?穴の向こうにはショートヘアの田口静香の顔があった。武田は急いで田口を招き入れ、扉を閉めた。
「田口さん、なぜ?」
「OTTOからアルテミスはストレスが溜まっているだろうから、少しほぐしてやってくれと依頼されたの。
こんなにすぐ会えるとは思わなかったわ」
「すぐ過ぎる。
田口さんはマッサージ師の資格も持っているのですか?」
「それもあるけど、夜のストレスを取り除く必要があるかなと思って引き受けたの。
私では不満かしら?」
田口静香はコートのフロントを開げて、黒いキャミソールとそこから覗く赤いレースのブラジャーを見せた。ナース服の時も私服の時も気が付かなかったが、胸は意外とボリュームがあった。
武田にしてみたら、これまで田口の胸に関心を寄せるどころではなかったというのが正直なところだ。顔は美形だが、それに騙されて命を落とした人が何人いるのか…。
4
武田は静香を見ると初恋の千恵美を思い出してしまうのだ。顔が似ているのだ。初恋の千恵美は小柄で、胸はボリュームがあったものの、高校卒業までは若干幼児体型だった。お腹が出ている感じだったのだ。それが、大人になるに従って相応に引き締まっていった。
目の前にいる田口は色気のある大人の体をしていた。
「シャワー、一緒に浴びますか?」
そう言いながら、田口はコートを廊下に落とし、キャミソールのまま部屋の奥へ進んだ。
武田はコートを拾って、コート入れにかけ、田口を追って部屋の奥に行った。
角を曲がったところで、ちょうど田口が後ろ手にブラジャーを外していて、既に黒のキャミソールはベッドの上に畳まれていた。
「できたら、シャワーか入浴をお願いしますね」
田口はパンティーを脱ぎ、そのままバスルームに入っていった。扉の向こうから声がした。
「どちらにしますか?」
「あぁ、シャワーがいいかな」
武田はそう答え、急いで服を脱いで、バスルームに入っていった。
既にバスタブの中に立っていた田口はシャワーの水温を調節していた。
ヒールを履いていたり、爪先立ちでバスルームに移動していたが、ペタッと自分の足で立っていると田口は155cmくらいの身長だった。日本社会ではほとんど目立たない。
田口は少し上を向いた乳首を隠しもせず、下の毛は処理してあって何もなく、真っ白できれいな体をしていた。モンゴロイドは黄色人種ともいわれ、肌が黄色いとされているが、田口のように白い肌色のアジア系の女性もいくらかはいるのだ。
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