花顔柳腰(月と六文銭・第22章)10
花顔柳腰:容姿の美しい女性を言い表す言葉。花顔は花のように美しい顔を指し、柳腰は柳のように細く、しなやかな腰を指す。
山名摩耶は三枝のぞみの大学からの親友で今時珍しく果敢に冒険をするタイプの女性だった。のぞみの交際相手・武田が年上でお金を持っているのは知っていたが、のぞみがどんな付き合いをしているのか興味津々だった。山名は三枝と武田の部屋に遊びに行って、直接知り合う機会が得たが、そこから彼女のちょっとした冒険が始まった。
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朝食の準備が続いていた。大学の親友同士は合宿や女子会で一緒に食事を作ったこともあったのだろう、テンポも良く、息が合っている感じがしていた。
チーンとトースターの音がして、のぞみが中からトーストを取り出して、3人分を皿に載せ、テーブルまで持ってきた。
M「ヨーグルトにジャムを入れました!」
摩耶は色白の腕を伸ばして、3人分のヨーグルトをテーブルの真ん中に置いた。
N「サラダでーす!」
色とりどりの野菜が組み合わされたサラダが登場してのぞみが座り、最後に摩耶が大きめの平たい皿を3往復して並べた。
M「スープでございまーす」
T「ありがとう!」
N・M「はい、召し上がれ!」
T「いっただっきまーす」
日本人の習慣なのか、ふざけているのか、のぞみも摩耶も手を合わせて拝むようにして食事を開始した。
お揃いのエプロンも可愛かったが、今朝二人は髪をポニーテールにしていて、前髪はオンザマユ(眉毛の上で揃える髪型)、触角は両側にあって頬の下まで伸びていた。髪が比較的短い摩耶はポニーテールというよりはピッグズテール(豚の尻尾)だったが、前から見たら二人は同じ髪型で可愛かった。
T「髪型がそっくりなのは偶然じゃないよね?」
N・M「もちろん!
愛する哲也さんの為でーす!」
摩耶と一緒になって朝から武田をからかう余裕があるとは、のぞみも今の関係が安定して安心している証拠だった。
T「ところでのぞみ、摩耶チームは朝から鏡の前で顔作りにどれくらいの時間がかかりましたでしょうかね?」
二人は互いを見てからまたしてもハモった。
N・M「30分!」
T「うわ、短い!
すごい頑張ったね!」
M「いいえ、まだ途中だからです!
会社行く前にあと1時間は必要ですから」
武田はずっこけた。
T「そうか、やっぱり…」
まず摩耶が抗議した。
M「武田さんは私に裸で会社に行けというのですか?
ひっどーい!」
T「え、でも、昨日は化粧落としていたよね?」
M「そんなわけないじゃないですか!
すっぴんという名の薄化粧、或いはナチュラルメイクです」
N「哲也さん、摩耶が化粧無しで男性の前に行くことはないからね。
大学一日目からフルメイクだったのよ」
T「そうだったんだ」
M「えへへ、まだ化粧慣れしていない女子に大きな差をつける作戦は大成功でした。
ほとんどのいい男をゲットし、サークルでは大人気でしたよ」
T「さすがだね」
M「そうしている横で、ノゾは真面目で成績優秀な優良物件をゲットしていたのよ!」
武田はのぞみの方を向いて聞いた。
T「真面目で成績優秀な優良物件?」
N「え、真面目でいい人だったよ。
でも、所詮、学生時代の恋愛よ」
M「うわ、言うねぇ!
すごく思い詰めていた時期もあったのに!
まぁ、今の優良物件よりも優良な物件はないだろうけどね」
N「摩耶!
失礼でしょ!」
武田はニコニコしていた。
<俺は不動産?ビル?>
M「ノゾは嗅覚が効くのよね」
N「どういうこと?」
M「お金の臭いを嗅ぎ分ける嗅覚」
N「え?」
M「だって武田さんみたいな人を見極められたし、ライバルなんて五万といたはずなのに、しっかりゲットして、今や幸せの真っただ中なんだもん」
N「私だって努力したのよ!」
M「うう、やっぱり世の中不公平だぁ、ノゾ、ズルイよ!」
N「だからぁ、私は哲也さんに振り向いてもらうためにすごい頑張ったんだから!」
M「でも、もうバージンじゃなかったよね、あの時」
N「摩耶!
朝から言い過ぎ!」
のぞみは武田と摩耶との間を視線を往復させて、本当に困った顔をしていた。
M「武田さん、バージンじゃなかったでしょ、ノゾ?
結婚する人としかしないって言って、大学時代の彼が結婚相手だと決めていて、2年の時から付き合っていたのに、就職が決まったらスパッと別れたのよ」
N「ショウタのことはもう話したよ、哲也さんには」
T「ああ、聞きましたよ。
素敵な思い出なら良い出会いだったと言えるんじゃないかな」
M「そうですけど、先に出会ったから優先権があるの?」
N「そんなこと言ってないじゃない。
私は哲也さんに振り向いて欲しいから、オシャレだけじゃなくて、勉強だって資格取得だってすごい頑張ったのよ。
一応同期で資格4種を持っているのは私だけなんだから!」
資格4種というのは外務員、証券アナリスト、ファイナンシャルプランナー、SEで初級または3級程度は社会人新人の取るべき資格と言われている。これに加えてTOEIC600点以上とか日商簿記3級などもある。のぞみはどうしても米国に留学したくて、TOEICは760点、国連英検と今で言うITパスポートの前身「システムエンジニア初級」も取った。入社して、すぐに海外留学プログラムに抜擢されて、密かに思いを寄せていた武田の下で勉強する機会を得た。
正直に言えばその時は自分の足りないものが見えすぎて、とても振り向いてもらえるような女性ではないことを自覚させられた。しかも、彼は転職しそうで、もしかしたら帰任せずそのまま米国で転職してしまうとか、転職先を探しておいて帰国したらやめてしまう可能性もあったのだ。
でも、それでも好きだったから振り向いてくれるよう頑張ったし、今でも頑張っている。少しでも停滞したら置いて行かれそうな気がして、実は必死なのだ。
M「でもさ、武田さんはノゾが大好きなのよ。
ノゾが望んでも手に入れられたか分からない人が振り向いてくれて、しかも、向こうもぞっこんなんて夢のような関係じゃない?」
N「そうよ!」
M「うわ、朝から惚気てる!」
のぞみは幸せだった。武田は自分のモノだった。自分だけのもの。そして、自分から追いかけているだけではなくて、彼からも愛されているのだ。
N「摩耶もいい人見つけて、ダブルデートとかしようよ」
M「うわぁ、自分が幸せの絶頂だから、余裕見せちゃって!」
N「そういう意味じゃないよ」
M「分かってるよ。
武田さん素敵過ぎて、敵う男性中々いない気がするなぁ」
針の筵に座っている感じの武田はそろりと動き出して、台所でコーヒーのお代わりを取ろうとしたが、摩耶が先手を打った。
M「アタシが!」
摩耶はさっと立ち上がり、武田のカップを取り、そのまま台所に向かった。
のぞみは小声で武田に謝っていた。
N「ごめんなさい、朝から摩耶、テンション高いよね。
女子会のお泊りだと低血圧って言って、ほとんどぼおっとしているんだけど、今朝はメイクもエプロンも会話も。
一応、言い訳をさせてね。
摩耶が裸エプロンで哲也さんをびっくりさせようって提案したんだけど、私はさすがにそれはまずいよと言ってやめさせたの。
よく分からないんだけど、朝からノリノリなのよ、摩耶…」
T「テンションは確かに高いよね」
そこへコーヒーの入ったカップを持って摩耶が戻ってきた。
M「あぁ、何ヒソヒソ話しているの、アタシがいない間に?
アタシが帰ったらエッチしようってんでしょ?
確かに昨日は邪魔したのは悪かったわ。
でもアタシが帰ったら、待ってましたとばかりにエッチしようというのはちょっと…」
N「違うわ、一応、哲也さんのために摩耶が裸エプロンを提案したんだけど私が断ったことを説明していたの」
M「あ、そう、ありがとう。
そうなんですよ、ノゾがやめようって。
アタシはナイスバディを武田さんに褒めてもらいたかったのに!」
T「いや、摩耶さんは本当にスタイルいいですよ」
M「ありがとうございまーす!
でも、服の上からは分からないこともたくさんあるでしょ?」
T「それはそうかもしれないけど、十分素敵な女性だということは分かっていますから」