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月と六文銭・第十四章(10)<先行公開>

 田口たぐち静香しずかの話は続いていた。厚労省での新薬承認を巡る不思議な事件に武田は引き込まれ、その先の展開に興味を示していた。
 議員秘書の浜辺はまべ美里みさとは担当議員のほり敏夫としおの死に直面して、対応に苦慮していたところに思わぬ来訪者が登場したため、さらに混乱をしていた。

~ファラデーの揺り籠~(10)

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 ドアを開けた瞬間、何かおかしいと感じたが、状況を理解できないでいた。開けたドアの先に先程打合せをした米ファーマの社員が立っていた。
「ミス・ハマベ、ミスター・ホリのことは口外しないように。彼はヘビースモーカーで心臓麻痺で亡くなったのです。あなたとの情事は関係ありません。あなたは有能な秘書として彼をサポートしてきた。話を聞かれたら、突然苦しみだしたと証言しなさい。そうしないと、あなたも同じように苦しむことになる」
 そう言って男性が浜辺の顔の前に手をかざした。その瞬間から、頭が割れるような頭痛に襲われ、後ろによろめいた。男性は浜辺を抱き止めて後ろに倒れるのを防ぎ、ひょいと抱えていき、部屋の奥の椅子に座らせた。亡くなった堀の足が向いているテーブルに自分も足を向けてぐったり座っていることを何となく理解した。
 彼女が首を少し傾けると右目の視線の先に堀敏夫の死体が見えていた。わずか15分ほど前まで自分を組み敷き、力強く抽送を繰り返していた精力的な男性は、今や心臓が止まって、全く動かなくなっていた。
 目の端から涙が流れ出るのを感じた。拭いたかったが、手が動かない。足も動かない。堀と同じような姿で自分もだらしなく椅子にもたれかかっていた。
「ミス・ハマベ、セックスは好きですか?」
 何を言っているの、こんな時に?救急車を先に呼ばなかったことを後悔したが、どちらにしても堀は助からなかっただろう。この男が堀の最期に関係しているのだろうけど、どうやって?
「ミス・ハマベ、先ほどまでミスター・ホリとセックスしていましたよね?」
 浜辺は弱く頷き、肉体関係を持っていたことを認め、ようやく言葉を絞り出した。
「私をどうするの?私には何も力はないわ」
「ミスター・ホリとのセックスは満足いくものでしたか?」
 浜辺は戸惑い、違うと伝えるため、弱くだが、首を横に振って否定した。
「ならば、本物のエクスタシーを知るといいです」
「こんな時に、何を言ってるの?」
 頭痛は和らぎ、逆に体が熱くなって徐々に快感が身を包み始めた。

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