見出し画像

月と六文銭・第十四章(58)

 工作員・田口たぐち静香しずかは厚生労働省での新薬承認にまつわる自殺や怪死事件を追い、時には生保営業社員の高島たかしまみやこに扮し、米大手製薬会社の営業社員・ネイサン・ウェインスタインに迫っていた。

 田口はウェインスタインの上司であるオイダンが同僚・デイヴィッドを殺した犯人との目星をつけ、証拠集めを進めた。韓国から戻ってくる前にオイダンとウェインスタインの処理方法を考えつかないと自分を含めた工作員達が逆襲に遭って殺されかねないことは分かっていた。
 電磁波を防ぐ方法はあるのか、ウェインスタイン達に対して効き目があるのか、は未知数だった。田口は長距離狙撃による無効化は可能だと思ったので、スナイパーの配備を進めておきながら、どうやって彼らを罠に嵌めるかを考えていた。

~ファラデーの揺り籠~(58)

229
 オイダンとウェインスタインが韓国に行っている一週間はあっという間に過ぎた。その間、田口は専門書を揃えて受験生のように勉強し、本部とディスカッションを重ねた。綿密な計画と準備を要する作戦が立てられ、実行するには正確な状況のコントロールが必要だった。
 田口は当然、罠を仕掛ける側だったが、自分自身がエサとなってウェインスタインを罠へと導かないといけない。多分、また抱かれることになるだろう。それ自体は構わないが、一時的に体が動かなくなるあの無力感が怖い。そのまま闘うことになったら、勝てるのか不安があった。

 電磁波を防ぐ方法もいろいろ考えた。ドイツ製のシールドウェアを取り寄せたりもした。下着、タンクトップ、エプロン、パーカーと試したが、どれもバレバレだし、ベッド・インとなったら脱がないといけないから最終的には役に立たないと結論した。
 せいぜい利用できるのがネックレスとブレスレットだった。あとは、髪飾りかかんざしか。何もないよりもマシだから、これらを身に着けると共に、抗電磁波素材で作ったミサンガを手首と足首につけておくことにする。
 それでも気休めにしかならない気がして、不安が払しょくできない。
 あとはこの作戦に引っかかるように自分が演技をして、ウェインスタインに行動してもらうことだ。

ピローン♪(メッセージが着信した音がした)

 ウェインスタインからだった。明日、韓国から日本に戻って、その翌日は岡山まで飛んで田口のカバーである"高島都"に会いに行くことになっていた。
 まだ準備が万全ではなかったし、岡山や丸亀や高松で外国人が狙撃されたとなると意外とニュースとしては大きくなってしまうから、地方での作戦は望ましくはなかったのだが、来るとなったら対応しなくてはいけない。
 一応、スナイパーのアルテミスは手配済みだ。彼は岡山の大口顧客を訪問するという表向きのカバーストーリーが整ったと本部経由で連絡があった。このために岡山まで出張でばって来るらしい。
 取り敢えず腕前は確からしいのは連絡員が全く心配していないことから感じていたが、心配なのは自分の方だった。必要な時に必要な行動を取れるのか?狙撃の邪魔になって、狙撃手の撃った弾がウェインスタインと自分の頭の二つを貫通するようなことはないのだろうか?

<殺害ではなく、無効化だから頭は狙わないよね?私とウェインスタインの「デートコース」は細かく伝えてあるから、狙撃を実行するケースは2つしかないし、どちらも私が一瞬ウェインスタインから離れた時に実行されるはずだ>

230
 田口がウェインスタインからのメッセージを開けたら、予定変更の連絡だった。

ねいさん:Hi Miyako! Sorry, I will go directly back to US and be back in Japan next month. Only Vincent will return to Japan.
(ミヤコ、ごめん、直接本国に戻って、日本に行くのは来月になりそうだ。今回はヴィセントだけが東京に戻る。)

 ウェインスタインは日本に来てラインを携帯電話にダウンロードして使っていた。ユーザー名が平仮名なのは愛嬌で、わざとカタカナにはしていなかった。

都🐈:Oh, that's unfortunate ;-)
I was looking forward to seeing you!
(え、残念!😿(涙の絵文字)
 楽しみにしていたのに!)
ねいさん:I'm sorry.
(ごめんね。)
都🐈:Maybe better because I can adjust to next month's business trip.
(でも、来月の出張に合わせられるから、その方がいいかも)
ねいさん:Guess so.
(そうだね。)
都🐈:Is Vincent staying at the same hotel?
(ヴィンセントは、また同じホテルに泊まるの?)
ねいさん:Think so.
(うん、そのはずだ。)
都🐈:Maybe I'll have drinks with him. Had a good time, last time.
(彼と飲もうかな。前回、すごく楽しかったから)
ねいさん:Good. I'll tell him.
(おう、いいんじゃない。彼に言っておくよ。)
都🐈:Thx, fly safe!
(ありがとう。気を付けて帰国してね✈)
ねいさん:Thx
(ありがとう。)

231
 田口は計画の変更を余儀なくされたが、時間を稼げたとも言えた。
 まずはデイヴィッドを殺したのがオイダンかを確認する必要があった。指紋の照合は上手く進み、結論が明日にも送られてくるみたいだ。

<もし、私が懸念しているように二人とも特殊な能力を持っているとしたら、早めの措置が必要だし、私一人では一度に対処できないから、二人が一緒じゃない今回の方が処理をするチャンスかもしれない>

 オイダンの証言が取れれば、本部に無効化を認めさせられる。その為の狙撃手は手配済み。
 秘密裏の作戦だから、ホステスなどの一般人の被害者を出すわけにはいかない。日本の国土上で、外国籍だが、同盟国の国民が狙撃されたとあっては外交問題に発展しかねないから、交通事故等の偶発事件による処理が絶対条件だ。

<できれば自分がオイダンを目標地点まで連れて行きたいくらいだが、それこそめんが割れているし、白々しい演技をするわけにいかない>

 オイダンが高島と楽しく飲んだらドライブには行かなくなる可能性があるし、互いの事情、つまり、オイダンにはお気に入りのホステスがいること、高島ならウェインスタインと関係していることを互いが知っているから、高島がオイダンとベッド・インするわけにはいかない。
 しらふでドライブに出かけ、高島が乗ってる状況で狙撃させるのが確実だが、狙撃手の腕前だけでなく、オイダンの運転の腕前が期待通りでないと、ケガで無効化されず、彼に加えて高島も交通事故死する可能性がある。
 もちろん、高島をどこかへ送ってもらうことにして、その帰り道に狙撃させるのも一案だが、高松から出張で来ているビジネスウーマンで同じホテルに泊まっているわけだから、どこかまで送ってもらって降りるのには少し無理がある。
 彼があのフェラーリを運転する限りはGPSで場所は特定できるが、同乗者の有無は目視で確認する必要がある。オートバイに乗った組織の追跡者か田口が確認するしかない。

ここから先は

583字
この記事のみ ¥ 110

サポート、お願いします。いただきましたサポートは取材のために使用します。記事に反映していきますので、ぜひ!