あなたに首ったけ顛末記<その12・”〇〇”はゴールではない、人生は続く>【小説】
あなたに首ったけ顛末記<その12>
◇◇ ”〇〇”はゴールではない、人生は続く ◇◇
(17000字)
<1>御崎十緒子は保留する
(5200字)
と、いうわけで。
私、御崎十緒子と、彼、水野春臣は。
お互いの気持ちを伝えあい、お付き合いをすることになりましたとさ。
めでたし、めでたし。
<< いままでのご愛読、誠にありがとうございました >>
……で、終われたら。
こんなにいろいろ、悩まなくってもいいのに、なあ……。
朝の電車で、この至近距離で見つめられて、どんな顔してたらいいんだろ、とか。
お昼の社食でも、スキンシップちょっと多くないですか、とか。
仕事終わり、オフィスビル出てすぐのトコからのコイビトツナギは、修行として厳しすぎやしないでしょうか、とか。
そのままウチまで送ってくれて、ドアを閉めた玄関先で靴を脱がないまま、そこでぎゅっとされたり、キスされちゃったり。
そのたんびに胸が苦しいし、涙目になるし、息の仕方わかんなくなるし、その……気持ちがイイ、とか思っちゃってるし。
そうかー、世の中のカップルさんたちが、やたらとイチャイチャするのは、そういうわけだったのかー。
やたらと、イチャイチャ。
してる、うわ、しちゃってるよ……。
なのだけど。
水野さんはその玄関先でのイチャイチャのあと、部屋には上がらず、パッと身を離して帰ってゆく。
それは、華緒ちゃんが置いていった大量のピザを前に缶ビールを開けて、告白し合ったあのときから、だったりする。
◇◇◇
あの日。
「十緒子。おまえが、好きだ」
甘々な低音ボイスでそれを耳から流し込まれ、脳みそは沸騰して蒸発、指揮系統を失った全身は力が入らなくなってグニャグニャになって、抵抗なんてできないままキスされまくって抱きしめられた、あと。
水野さんは唐突に両手で私の肩をつかんで離れ、その腕の長さ分、私と水野さんとの間に距離ができた。
「ピザ、なんだが」
彼のことばの意味が取れなくて、私は訊き返してしまう。
「……はい? あの、なんて、」
「ピザ。おまえでも、さすがに食いきれねぇだろ。冷凍出来るから。ラップでひと切れずつ包んで、保存袋に入れる」
「はい……」
「食わなくて悪ぃが、帰るな」
「え?」
立ち上がろうとする彼のシャツのそでを、思わずつかんでしまった。
「あの、なにか、その。私なにか、しでかしました? ごめんなさい、わかんなくて」
「いや違う、そうじゃなくて。しでかしそうなのは、俺だから」
「なにを、ですか?」
「……食べたく、なるだろうが」
「? ピザの気分じゃない、ってことでしょうか」
「じゃなくて。おまえ、さっきの。着たまんまなんだろ、この下」
「さっきの、って……あ」
「あのな。これ、剥かれてもいいなら、このままいるけど?」
私が着てるスウェットのパーカーをつまみながら彼が言い、その意味を完全に理解した脳(蒸発をまぬがれた部分)が、色ボケセンサーとよく似てる、でも違う系統のなにかへ信号を送る。
全身の血液の温度が一瞬で上がり、私はシャツをつかんでいた手を、パッと離した。
私のこの、スウェットのパーカー&ロングスカートな部屋着セットの下、は。
華緒ちゃんに言われて着けるハメになった、ちょっとエッチなスケスケのキャミソールとパンツ、だけ。
で。剥かれてもいいのか、とか、食べたくなるだろ、ってのは、つまり。
「っ、えっと、」
「だろ? まあゆくゆくは、ゴホッ……今日のところは、俺がもうダメだから、帰る。あぁ、確認なんだが、これでもう『何事もなかった』とか言わねぇよな?」
「え?」
「俺ら、ちゃんと付き合ってるってことで、いいよな?」
「う、は、はい」
彼が立ち上がって玄関のフックにかかった上着とコートを身に着け、こちらに戻ってきて私の頬をはむり、と唇で食むようなキスをし、それから口を押さえて眉根にたくさんのシワを寄せて、私をにらんだ。
「じゃあな、また明日」
「……はい」
私はラグの上にぺたんと座ったまま立ち上がれずに、そこから彼が出ていくのを見送る。
扉が閉まりカチャン、とカギのかかる音がして、それを合図に私の力が抜けて、ラグに転がった。
「告白、出来た……どころじゃなかったあ……」
展開が早すぎて、いろいろ追いつかない。
でも、そっか。そうだよね。
お年頃の男女なんだもん、そりゃ、ね。
マンガや小説で学んできたから、経験のない私でもボチボチわかる。
そういうシチュ、むしろ食いつくように読んでたし。
えーと、今日は……たぶん気を遣って、退いてくれたってことなんだ、よね?
……なんて、そのときは。
どうにか溶け残ってた脳みそでなんとか考えて納得して、それからまた回想&色ボケモードに入ってしまって、ひとりで身悶え、のたうちまわっていたのだけれど。
あれから何日かして、色ボケモードがちょっとだけ落ち着いてきて。
ウチまで送ってくれた水野さんの背中を見るたび、むう、と口が尖ってしまう、そんな自分に気付いた。
「水野さんの、ばか……」
そうつぶやくのは、玄関の扉がしっかり閉まったあとで、やっぱり私は、彼を引き留めることはできない。
もうちょっと一緒にいたいだけなのに。
なんで、二択なんだろう……。
私が覚悟を決める、か、決められないから帰す、か。
その二択しかないのって、おかしいよね?
大体よくよく考えたら、あのときだって。
意を決して勇気を振り絞って告白して、そしたら水野さんからも言ってくれて、すっごくうれしくてよかったなあって思ってて、でもそのあとの、余韻、ロマンチックな雰囲気? そういうの、すいぶん短かった気がするんですけど?
ピザ残して帰っちゃって、ひとりでピザ食べたあと、ピザをひとつずつラップで包むの、ちょっとさみしかったし。
……だいぶ、さみしかったし。
で、金曜日も、ウチに上がらずにに水野さんは帰り。
土曜日、日曜日、彼からなんのお誘いもなく。
私からも、もちろん誘えず……。
なんだろう、おかしいな。
私の喪女な人生で、いちばん幸せな瞬間のはずなのに。
付き合うって、こういうものなの?
だれかに相談してみたいけど、華緒ちゃんや冬芽さんには相談しづらいし、近くにはいない学生のときの友達や昔のバイト仲間に、わざわざ電話して訊くのも気が引ける。
覚悟を、決めないと。
嫌われちゃったり、するのだろうか?
それは……やだ、な……でも、でも、でも!
……はい、保留!
もう、いいもん、ちょっとだけさみしいけど、しばらくこのままで!
好きって言ってもらえただけでいいじゃん、それに。
私には、ヘビのみんなもいてくれるんだし!
◇◇◇
(たぶんさー、華緒子もあれ、忘れてるよなー)
(忘れ去って、十緒子様を巻き込まないでいただけると助かるのですが)
(十緒子ちゃん、お化け退治……ボクは力になれるかな?)
(もーちゃんと赤ので、十緒子ちゃんとみんなに力を流せばいいよねっ)
(桃のと赤のとオレっちと♪ ダンスを踊ればいいはずさぁ♪)
(あらあら。まあでも、あのコがちゃんと十緒子の番いになってくれたから、大丈夫ね)
(愛の力、か)
むーちゃんがぼそり、とつぶやいたところで、ほかのヘビのみんながむーちゃんに注目し、しん、となる。
少し戻って、有給でお休みした火曜日の次の日、水曜日の夜。
水野さんに送られたあと、ひとりでごはん(当然のようにピザ)を食べ終え、スケッチブックを開いてぼんやりしていた私の周りに、みんなが集まっていた。
「あおちゃん、華緒ちゃんが忘れてるって、なに?」
(昨日さー、オレら全員で、十緒子についてったのってさ? ほらー、十緒子も忘れてるなー)
(華緒子のお願いとやらは恐らく、華緒子の仕事に関すること。それならばワタクシどもの出番か、と。それで、皆でお供をした次第です)
しーちゃんにも言われ、私は思い出した。
そうだった、華緒ちゃんにお願いがあるんだって、言われてたんだった。
なにか忘れてるような気はしてたんだけどな……。
そういえば。
華緒ちゃんに海藤さんのこと訊きたい、けど。
ふたりは、付き合ってるんだよね? 付き合ってなければ普通、あんなふうに抱きかかえたりしないよね。ん、あれ、もしかして。いまさらなんだけど、ホテルの部屋、一緒だったんじゃない? ……っ、うはぁっ、ほんとに、なんで気がつかなかったんだ、私!
でも、そんな仲(たぶん)なのに、どうして水野さんというアテ馬が必要だったんだろ?
……なんか、訊きづらい。そもそも華緒ちゃんが話してくれるかどうか……。
それでも一応、お願いの件で電話しようか迷っていたら、タイミングよくメッセージが届いた。
《ホテルを出て、いったん家に帰ることになったから伝えておくね。
そのうちまた、こっち方面に来ることになりそうだけど。
それと、ハナが十緒子のヘビ様たちに、ちょっとだけお願いをしたんだ。
悪いけど、出来る範囲でいいから頼まれてくれるかな?
でも、くれぐれもヘビ様たちを暴走させないように。
なにかあったらすぐ知らせてね。
華緒子》
「しーちゃん、ハナちゃんからのお願いって?」
(華緒子の傷に、怪異の残滓がありましたので、その気配をたどれ、と)
そう。華緒ちゃんは仕事中に、左腕を切られてしまったのだ。
切ったのは、怪異、お化け。
幸い浅い傷ではあったけれど。いまもあの、見せてもらった、すっと一本通った筋のような傷跡を思い出せる。
(何らかの形で怪異に、華緒子自身ではない、なにかを切らせる手筈だったようですが。それに失敗したのだと、金のが申しておりました)
(手強かったらしいよー)
(神出鬼没ぅ♪ 面倒な奴ぅ♪)
(それで華緒子と金のは、そのコを見失ってしまって、探したいんですって。だからワタシたち全員、華緒子の傷の残滓を嗅いだのよ)
あまりにも縁がない話、というか、非日常な話に、ことばが出ない。
確かに私は、みんなという、ちょっとだけ普通じゃないヘビに囲まれて暮らしているのだけど。それとこれとは別、という感覚。
でもみんなは、慣れてるんだなあ。
みんなの、特に冬芽さんのときに目の当たりにした、すごい力。▼
なにが出来るのか、ちゃんと訊いておいた方がいいのかな?
華緒ちゃんにもそのうち、お仕事のことも教えてもらわないと、だ。
「ええっと、とりあえず、そのお化けを探すってことで、いいのかな?」
(はい。まず見つけるのが難しい相手らしいのですが)
「しーちゃん前に、生き霊さんに一度でも会っていれば追っかけるのは簡単、って言ってたよね▼。それはお化けも一緒? その残滓、で探せるの?」
(ワタクシどもは、同じ匂いに遭遇すればすぐにわかります。ですが今回は、遭遇できるかどうか、が難しいようです)
「そう、なんだ。でも、どこに出てくるかわからないなんて、怖いね。人を切るようなお化け……ねえみんなは、そのお化けに会ったら、切られちゃったりしない?」
(それはおそらく、ないでしょう。また、遭遇しても手出し不要、と金のに言われておりますので)
そうは言っても、早く退治? しないと、また誰かが華緒ちゃんみたく、切られちゃったりするんじゃないかなあ。
だからって、私になにか出来るわけではないんだけど……。
『おかあさん、とおこも、おてつだいする!』
『あら、うれしい』
『おばあちゃまと、おかあさんと、とおこも、いっしょにいくの!』
『うれしいな、でもね十緒子、十緒子はまだちっちゃいから、おウチで待っててほしいんだ』
『かおちゃんは? かおちゃんだって、いっしょにいくんでしょ?』
そう、私だけ、一緒に行けない。
私は、役に立たない、役立たず。
……これは、なんの記憶だろう?
(十緒子様、いかが致しますか?)
しーちゃんに訊かれて我に返り、でも言われた意味がわからなくて、首をかしげた。
「えっと?」
(十緒子様のお許しがあれば、ワタクシども、金のの頼みを引き受けますので)
「……お許し」
(十緒子がイヤなら、やめてもいい、ということよ)
はーちゃんがやわらかく言い、だけどそれも、ピンとこない。
どうしてみんな……好きなようにすればいいし、私の言うことに従う必要なんて、ないんだけどな。
《でも、くれぐれもヘビ様たちを暴走させないように》
ボタンを掛け違えてしまったような、違和感。
私はまだ、なにかをわかっていないんだと、心のどこかで思う。
みんながいてくれる、その理由。
「……うん。私は華緒ちゃんとハナちゃんのお手伝いができるなら、うれしいな」
(それでは。引き受けると金のに伝えますので)
私はみんなに、とりあえずの返事をして。
みんなはお化け探しをすることになった。
その先、を知ることが。
少しだけ怖い、と思う。
だからこれも、保留。
みんなが、ここにいてくれるのに。
なんでだろ……おかしいな。
<2>御崎十緒子は相談する
(4500字)
『十緒子、久しぶり、元気だった?』
懐かしい、彼女の声を耳にして、私はうれしくなる。
「とみちゃん! わあ、ほんとに久しぶりだね!」
『十緒子、ぜんぜん連絡してくれないんだもん、さみしかったよ』
「ごめん、なんかね私、私から電話かけるの苦手、っていうか」
『どうせまた、余計な気ぃ遣って、メイワクかも~とか思っちゃったんでしょ。ちっちゃい頃から、変わってないんだから』
とみちゃんは不思議なくらい、私のことをわかってくれる理解者で。
それは昔からそうで、彼女も変わってないんだ、とますますうれしくなってしまった。
『ねえねえ、カレシ、できたんでしょ?』
「ええっ、誰に聞いたの、そうだけど、うん、できた……」
『よかったね! でも十緒子、ちょっとだけさみしそうなんだよね、どうして?』
声だけで、そんなことまでわかっちゃうのか。
私はそれに、すっかり甘えてしまう。
「うーん、なんかねえ……一緒にいたいのに、いてくれない。っ、でもっ、付き合いはじめたばっかでこんなの、重いよね。ちょっとくらい我慢しないと、嫌われちゃうんじゃないかな?」
とみちゃんが、『ふんふん、なるほど?』と相槌を打つ。
「それにね、私も早く……ええと、その、覚悟、を決めないと、やっぱり嫌われちゃうかもしれない。男の人って、そういうモノなのかもしれないし」
男の人って、というか、水野さんが、というか。
あのスキンシップの多さは、そういうことなのかな……とか。
そりゃ……私としても、興味はあるし。ヤブサカデハナイ、のですが。
でもまだ頭回んない、ちょっとだけ、待ってくれたらな……。
冷静に思い起こせば、だいぶ前から、接触が多かったような。
そういえば。
生き霊さん撃退のためにキスされちゃったりしたことあるけど、あれって?
好きでもない人間にあんな、ためらいなく出来ちゃうのって、それって?
なんていうか、私が認識するハードルの高さより、だいぶ低くなってる、感じ?
「男の人って。やっぱり、とにかく? その……エッチしたいって思うんだよね」
『それは、そういう欲は男女問わずあるけど。え、なに、そんな感じなの?』
「っ、そういうわけじゃ、ない……こともない、ような?」
『それは愛されてるのか、それとも、彼はただ食べたいだけなのか?』
ズキリ、と胸が痛む。
そっか、私。
ちょっと前まで、一緒にいてくれる、それだけで、うれしいと思ってたのに。
ほんとに好きでいてほしいなあ、とか。
ちゃんと『愛され』……たい、なんてことまで望んでる、なんて。
なんて……貪欲、なんだろう。
……あ、いけない。
久しぶりに話す、とみちゃんに。
自分の話ばっかり、私、甘えすぎじゃない?
「とみちゃん、ごめん、私の話ばっかり」
『だいじょぶだよ? 私、十緒子の話が聞きたかったんだもん。
……ねえ、素直に彼に伝えれば? 一緒にいたい、とか、これはもう少し待って、とか。
でも十緒子はそれが怖くって、そんなに怖がらなくてもいいんだよ、って言っても、十緒子はきっと、怖がるんだよね?』
とみちゃんの、苦笑交じりの声。
『人はみんな、怖がってる。誰かに『いいんだよ』って言ってほしい。だけど、』
とみちゃんがそこでことばを切ったので、私は耳を澄ませて、続きを待つ。
彼女の声、昔から好きだったそのやさしい声が、ひと呼吸置いてふたたび紡ぎ出された。
『……誰かに言われた『いいんだよ』では足りない。もっともっと、って思う。
好きな人に好きだ、って言ってもらったのに、どうして足りないって思っちゃうんだろうね?』
足りない。
そう、私はずっと、足りない、って思い続けてるのかもしれない。
「足りないって思うのは、なんかズルいよね……」
私がそうつぶやくと、とみちゃんの声が笑った。
『あははっ。まーたそうやって、十緒子は自分をいじめるんだよねー。しょうがないなあ、でも十緒子には、たくさん味方がいるじゃない、思い出してよ』
「味方?」
『助けを、呼べるでしょ? 例えば、ね。昔、あのコが話してたこと、十緒子は覚えてる?』
「あのコ?」
◇◇◇
気がつくと私はベッドの上に寝転がっていて、持っていたはずのスマホも、手元から離れて転がっていた。
え、寝落ち? 通話中に、って私、ひどくない?
がばっと起き上がってスマホを手にしようとしたところで私は、異変に気付いた。
スマホが、握れない。
じゃなくて。
私の手、腕はまだベッドに張り付いていて、じゃあ、この手は?
「うわあ。私、幽体離脱してる……」
(もーちゃん見てたけどねえ、十緒子ちゃん、さっきからずっとズレっぱなしだったよっ)
「うひゃっ」
ピンク色のヘビ、もーちゃんに話しかけられ、霊体の私は思わず飛び上がった。
天井を背に、ベッドにいるもーちゃんを見下ろす。
(ええっ、なんで驚くのっ。もーちゃん、おどかしてないよっ)
「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど」
私は辺りを見回した。
いつもの、私の部屋の狭い寝室。
私また、生き霊になっちゃった。
これまでの私は、仕事がどピークを迎えたときなんかによく、生き霊になって水野さんのところへ飛んでしまっていた。この前は、水野さんを捕まえたくて……言えなかった、行かないで、が言いたくて。
つまり。
ストレスを溜めている。
そして、言いたくても言えないことがある。
そうすると私は、どうやら生き霊になってしまうようで……。
むう。心当たりがありすぎるんですけど。
「もーちゃん、ほかのみんなは?」
(いつもの通り、お化け探し&社会勉強っ)
あれから一週間。お化けはまだ気配もつかめないのだと、しーちゃんが言ってた。
ついでに、封印で眠っていた間に変わったことがたくさんあるので、いろいろ見聞きして勉強してるのだそうだ。
(だからねっ、いまは、もーちゃんが! お留守番&十緒子ちゃんの見張り番!)
「見張り、なんで」
(見守り? お守り? 護衛? たまーに、ここにもヘンなの来るから、そういうの追っ払うんだよっ)
確かに、いっつも誰かが残ってくれてたけど、そういうことだったのか。
それにしても、ヘンなの、って、まさか。
「それって、やっぱりお化け?」
(うん、そういうときもあるし、なんか流れがよくないねっ、ってときもあるし。でも、もーちゃんがいるから安心してねっ)
「いままでも、みんなが追っ払ってくれてたのかな?」
(そだねっ。ほんとは、もっとごっつい結界にしちゃえばそんなことしなくてもいいんだけど、こんなトコにそれって、バランス悪くなっちゃうからねっ、ほどほど結界&キャッチ&リリース、って感じ)
わかったような、わからないような……。
それより。体に戻ったほうが、いいかな。
私の実体から霊体に向かって伸びる、キラキラ光る魂のヒモ、コード。
そのまわりを、らせん状にくるくると昇る、桃色の小さなヘビ。
そうやって私の顔の前までたどり着いたもーちゃんが、ほっぺに(チュッ)と小さなキスをしてきた。
(十緒子ちゃんの胸、ちょっと落ち着いたねっ)
「胸? ああ、うーんでも、まだドキドキしてると思うよ?」
(心臓ドキドキ、それだけでいいんだよ、ってアイツ、十緒子ちゃんに言ってたなっ)
「?? ……アイツ?」
(十緒子ちゃん、自分で戻れる? もーちゃん、お手伝いしよっか?)
言われて私は、「うーん」とうなりながら考える。
そういえば、ちゃーちゃんから習ったのに▼、まだひとりで実践してなかったな。
「……頑張ってみる」
(うん、わかった!)
もーちゃんに見守られながら。
私はちゃーちゃんに教えてもらったことを思い出し、『重たくなって、落ちる』と念じる。
と、すとん、と気持ちよく、収まったような感覚。
「戻れた、ん、重い……」
思ったよりすんなりと実体の体に戻れた私は、まだ動きたくなくて仰向けのまま、顔だけ動かした。
転がっていたスマホに手を伸ばして取り上げたところで、また顔の横にポンッと移動してきたもーちゃんに、(チュッ、チュッ)とキスされた。
(ごほうび、だよっ)
「ひゃっ、なんかくすぐったいよ! ふふっ、でもありがと、もーちゃん」
そうだ、とみちゃん。
私、寝落ちしちゃったの、謝らなくっちゃ。
思い出して、スマホを操作して、履歴を出して。
だけど、履歴の最後が水野さんになってる?
これって夕方、待ち合わせたときの、だ。
木曜日、つまり今日、3、4時間前の。
あれ?
私、とみちゃんと、話してたよね?
幽体離脱前後で、うっかり消しちゃったのかな?
番号の登録もしてない、あれ?
(よーし、もーちゃん、番いちゃんなんかに、負けないぞっ)
と、もーちゃんがなぜか、モーレツにキスしてくる。
私のほっぺをつつくようにしながら、(チュッ、チュッ、チュッ)と声に出すもーちゃん。
ちょっと、恥ずかしくなってきた。顔が熱い。
「ええ、なんでなんで?」
(十緒子ちゃんが、チュッ、元気になるようにっ!)
「元気、元気だってば、もーちゃん!」
そこへポンッ、と音がして。べにちゃんが私たちを見下ろして、赤く光る体をビクッとさせる。
(ボク、帰ってきたんだけど十緒子ちゃん、)
(赤の! いいところに、赤のはそっちから! チュッ)
「あの、もーちゃん、これってもしかして、暴走?」
(チュッ、桃の、これでいい? ボク、あってる?)
その後、顔の両側に陣取ったもーちゃんとべにちゃんのキス攻撃に私は、なす術もなく。
はたいちゃうのもかわいそうだし、でもどうしたら。
手をふたりのそばでワナワナさせながら、急にくすぐったくなってきて、目を開けていられなくなる。
「んもうっ、うふうっ、ちょっと待ってってば、んあっ、助けて……みーちゃんっ! もーちゃんを、止めて!」
ポンッ、と音がして。
それからペシッ、ペシッ、という音が二回。
(うきゃっ)
(うわっ)
(主にサカるとは何事だ、まったく)
静かで落ち着いた、音のない声。
そうっと目を開けるとそこには、エメラルドな光を放つ、小さなヘビの姿があって……。
「みーちゃん!」
(十緒子、此奴らを甘やかす必要はない。特に桃のは、捕らえて地に投げ、足ですり潰せ)
「そ、そこまでしなくても、」
(ひどいよ、緑のっ。もーちゃんは、十緒子ちゃんにエールを送ってただけだよっ)
(ほう? 己の立場が、まだ理解できぬようだな?)
みーちゃんの緑の体がもーちゃんに巻き付き、きゅうっ、と締め上げた。
(うきゃあっ、ぐ、るじ、いぃぃぃ~)
(久しぶりだな十緒子。我を呼んでくれてうれしい)
枕元でカタカタと震えるべにちゃんを撫で、私は起き上がった。
両手を差し出すと、みーちゃんがもーちゃんを遠くに放り、手の中にちょこん、と乗る。
「ええと……助けてくれてありがと、みーちゃん」
(なに、大したことではない)
もーちゃんの、あれ。暴走、じゃないよね、違うよね、たぶん。
華緒ちゃんには……知らせなくて、いっか。
<3>水野春臣の無駄な抵抗(1)
(4200字)
言い訳を、させてもらえるなら。
俺にとっても、なにもかも、初めてのことだったのだ。
自分から告白したいと思うほど好きになった女と、付き合う。
それがどういうことなのか、を。理解できるまで、時間がかかってしまったのだ。
向こうからも想いが返ってきた、その状態、それは。
つまり……十緒子、こいつが。
完全に俺のモノになったのだ、ということで。
なにをやっても許されるという、俺だけの免罪符を手に入れた高揚と。
絶対に傷つけてはいけない、大事にする、という使命感。
その、どこかで矛盾するような感覚を抱え、まあつまり……俺は浮かれていて、俺のことしか考えていなかったのだ。
「私だって……水野さんに触りたいのにズルいっ、ひとりにしないでほしい、さみしい!」
俺の部屋のベッドルームで。
十緒子に……生き霊になって現れた十緒子に、そう叫ばせてしまったのは。
しまったことに、ほかでもない、俺だった。
◇◇◇
結局今日も、十緒子の部屋に上がっていく勇気が持てなかった。
金曜日。帰り道にふたりでスーパーに寄り、十緒子の買い置きにあれこれ口出ししておきながら、俺は十緒子を置いて部屋を出た。
あいつも、なにも言わなかった。だから、このくらいゆっくりでいいのだ、と俺は自分に言い聞かせる。
俺はその足で駅まで戻って電車に乗り、里香さんのヘアサロンへ行き、カットしてもらうことにした。
いつもほぼ毎月通っているのだが、今回は少々日が開いてしまったかもしれない。
「そういえば。この前、御崎さんにバラしちゃったけど。春くんは私たちの弟なんだってこと」
ドライヤーをオフにした里香さんに言われ、「あぁ、べつに」と気のない返事を返した。彼女はそれにかまわず、話を続ける。
「ちょうどチカが店に降りてきて、」
そのとき、ドアの開け閉めされる音がして、「里香、あのさ!」という声がする。
「あー……もう、まさにこんな感じで。チカ! 接客中かもしれないから気をつけて、って何度言ったらわかるかな」
「すまない、つい。あれ、春くんじゃないか。だったら今回はセーフかな」
「こら、開き直るな」
俺はそちらに顔を向けなかったが、鏡越しに目が合って、思わず眉根を寄せた。
チカは、その鬱陶しい前髪をかき上げ、ゴムでまとめていた長い後ろ髪を一度ほどいてから束ね直し、それから、かけている意味のなさそうな、薄っぺらい眼鏡を指で押し上げる。胡散臭い、と俺が思っている笑顔を浮かべ、チカが言った。
「ちょうどよかった。話がしたいから、上に来てよ」
それまでなら、適当な理由をつけて帰ってしまっていたのだが、先日の十緒子の件もあり、それが出来ない。
面倒くせぇと思いつつ、会計を済ませてから里香さんに礼を言い、コートを着てカバンを背負った俺は、サロン上階にある夫婦の部屋に足を運んだ。
チカは例の、護符づくり専用の部屋にいた。相変わらずの散らかりっぷり、足場だけなんとかして、あとは無視する。
「なんの用だよ」
「彼女。御崎さんとこの、お嬢さんなんだね」
チカが言う。やっぱり、十緒子の話か。
「この前、彼女の連れているヘビにも会ったよ。今後ともよろしく、ってそのヘビに言われて……いやあ、驚いたよ」
「奴らに、会ったのか」
「奴ら。……そうか、あの一匹じゃないんだね、なるほど」
チッ、と舌打ちだけして、俺は返事をしなかった。
チカはそれでも笑みを浮かべたままだ。
「御崎家はね、業界の最終兵器と言われてる。僕らにはお手上げの案件を引き受けて、いくつも解決している。たぶん今回のアレも……まあそれはいいとして。その、仕事の解決方法が公にはされてないからね、ただ、ミサキ神社に関係しているらしい、としか、」
そう言ってチカは、文机に埋もれていた地図帳を引っ張り出し、広域図のページで指をさす。
「確か、このあたり、でも地図には載ってない、地元の人しかしらないような、山奥の神社でね。ミサキ、はこういう字」
書き損じの半紙にサラサラと筆ペンを走らせ、そこに『巳崎』と書いてみせた。
チカは「でね、これは余談なんだけど、」と言いながら、その左に『巳津野』と、ひと文字ずつゆっくり、そこにしたためてゆく。
「なんだよ、これは」
「遠い昔の僕らのご先祖様もね、どうも蛇と関係があったらしくて。水の野、になる前は、この字だったらしい。それと一度だけ、水野家の古い資料にこの『巳崎』の文字を見つけたんだけど、もしかしたら巳崎神社ともご縁があったのかもしれない。まあ結局、調べてもなにもわからなかったんだけどね」
「……だから、なんだよ」
へぇ、くらいは思うが、関係ねぇ、という気持ちのほうが強い。
チカはふふっ、と笑い声をあげた。
「ご縁がありそうだね、それだけだよ。それにしても、すごい秘密を知ってしまったなあ。御崎家は凄まじい能力を持った霊能者を何人も抱えてるのだろう、そんなウワサしか知らなかったのに」
「あれを見て……あのヘビがなんなのか、チカにはわかったのかよ?」
「いいや、さっぱり。まったく太刀打ち出来なさそうだ、くらいかな」
チカでも歯が立たない相手。じゃあ俺は、永遠に奴らを絞め上げることは出来ない、それだけがわかった。
「話がそれだけなら、もういいだろ」
「まあ、この話をどこかに留めておいてほしかっただけだから。そう彼女、十緒子さん、すごくいい子だね。里香のサロンに来てたときは、普通の女の子にしか見えなかったけど。ただやっぱり、あの生き霊姿、それにこの部屋にすんなり入れて、そのときに見た僕を覚えている、というのが尋常じゃないね」
「知らねぇよ。あいつは普通に、怪異を怖がって震えるようなヤツだよ。じゃあな」
俺はチカの表情を確かめずに、チカの部屋をあとにした。
チカ、あいつ。
まさか俺に、探りを入れてきたのか?
あいつが興味を持つと、とことんしつこいし、それは面倒だ。
まあ確かに、これで華緒子の仕事がわかったのだが。
俺と十緒子には、関係のない話、だ。
そんなことよりも。
俺には、きっちり考えなきゃいけないことがある。
◇◇◇
ピザを食わないで帰ったあの日から、俺は十緒子との距離を測りかねていた。
あのとき試しに、ソレを匂わすようなことをわざと言ってみたら、十緒子は俺からパッと手を離した。まあそれは想定内。俺もさすがに、そんなケダモノではない……ОKと言われてたらわからんが……それはさておき。
このままここにいたら俺は、あいつの意思を無視して、あいつが嫌がるくらい触れてしまいそうだ、と思ったのだ。
最後まではシないにしても。キスだけであんな無防備になってる十緒子を前にした俺は、あいつの気持ちなんか無視して、触りまくってしまうのではないか?
そうでなくても俺には過去に、度を越して白ヘビを呼ばれた前科がある。▼
とにかく、十緒子に嫌がられることは、したくない。
もうあいつに、避けられたくはない。
……嫌われたくねぇ、だと。
ハッ、なんだこれ。ガキっぽいな。
なのに、十緒子に触れたい、という衝動と、俺のモノ、という所有欲が勝って、会うとベタベタと触ってしまう。手ぇ繋ぐのも玄関先でキスすんのも、このくらいはいままでもОKだったんだからいいだろ、と。
暗黙の了解であるかのように、俺は俺の行動を許してしまうのだ。
で、十緒子の部屋の玄関で己の欲を満たした上で、やっと俺は我に返り。
彼女の体から、身を離す。
この先をこいつは、まだ望んでない。
それに、そんなわかりきったことより。
俺のほうは、どうなんだよ?
その覚悟は、あんのか?
そうやって、チカのところから延々と考え続け、考えがまとまらないうちにマンションに着いた。
シャワーを浴び簡単に食事を済ませ、汗をかかない程度のトレーニングをしてから、俺はベッドに転がった。常夜灯をぼんやり眺めながらまた、十緒子のことを考える。
マジでイカレてんな、俺。
告ればそれで、なにもかも、すべてが上手くいくような気がしていた。
いや、上手くいってる、はずだ。
ただ、俺が。
十緒子の前で『俺』をさらけ出すのを、恐れているだけだ……。
と。
瞬間、バチッ、バチバチッという音がして、俺はがばっと起き上がる。
「っ、十緒子?!」
「……わ、ほんとに来ちゃった」
そこには、純白と言っていい、真っ白な、生き霊姿の十緒子が、驚いた表情でこちらを見ていた。
俺のほうも、ことばを継げないまま、十緒子を見つめる。
俺が部屋に張り直していた結界を、破りやがった。
ヘビどもはいない。
ってことは。初めてここに来たときのように、十緒子がやったのだ。
それにしても。
十緒子のこの姿……きれい、だな、やっぱり。
「……なん、だよ」
俺は十緒子に見惚れながら、どうにかことばを発する。
が、十緒子が頬を膨らませて口を尖らせていくのに、困惑した。
「……なんで、にらむんですか。やっぱりお邪魔でしたよね」
「は? にらんでねぇけど、」
「そんなに眉間にシワ寄せてるのに、そんな……」
手を眉間に当てると、確かにその通りで。
や、目を細めただけだと思う、しかし。
「ごめんなさい、お邪魔しました、帰りますね」
「おい待て、なんなら送って、」
「ひとりで、帰れるし。っ、ひとりでも、平気だもん、いいです! おやすみなさい!」
「なに怒ってんだよ、それに結界破っただろ、平気じゃねぇ、」
十緒子の、霊体から伸びる光を放つコードを見て、俺は言い止めた。
その太さになんのダメージもない、いままで見た中でいちばん美しく輝く、それ。
ふと、考えが浮かぶ。
もしかしてこいつには、俺の体に施してある符も、難なく破られてしまうのではないか?
最初に会ったときに弾いたのは単に、こいつが力を封印されて弱っていたからで……。
「……怒ってないです」
「いや、その言い方、」
「怒ってない、怒ってないけど、でも、」
十緒子はむくれたツラで俺を見、一気に叫んだ。
「私だって……水野さんに触りたいのにズルいっ、ひとりにしないでほしい、さみしい!」
叫び終えた十緒子がはっとして、しまった、という表情になる。
胸の前で組まれていた自身の両手を握り直し、それから目を閉じて。
生き霊の十緒子は、その場からすっといなくなった。
「なにをやらかしてんだ、俺は」
独り言ち、俺は着替えはじめた。
<4>水野春臣の無駄な抵抗(2)
(3100字)
マンションから車を走らせ、何度か使っているコインパーキングに入り、そこから足早に十緒子の部屋まで来た俺は、十緒子の部屋のチャイムを鳴らす。一回、二回。ため息をつき、ためらわず合鍵を使い扉を開け中へ声をかけようとして、そこで一瞬、息を呑んだ。
開けてすぐの、俺の目の高さ。
そこに、緑色の小さなヘビが浮かんでいる。
(やあ、はじめまして、貴公が十緒子の番いだね。我は十緒子に、みーちゃんという名を授けられし者。仲間からは緑の、と呼ばれている。よろしく頼む)
そんなことを告げられ、軽く頭を下げられ。
また新しいヘビ……いや、それどころじゃねぇ。
適当にかわしておけ。
「……よろしく。十緒子は? 上がってもいいか?」
(奥にいる。仲間はまだ帰っていない。我も姿を消す。十緒子を頼んだぞ)
緑ヘビはそう言って姿を消した。
いままででいちばんマトモそうで、それがかえって怪しくも感じられる。
……いや、だから。
それよりも、十緒子だ。
「おい。勝手に上がったぞ。いるんだろ」
鍵をかけ、声を張りながら薄暗いリビングに歩みを進め、常夜灯の点いた寝室の前で俺は足を止める。
ベッドの上、掛け布団がこんもりと盛り上がっているそれに近づいて、それのてっぺんをポンポンと軽く叩いてやる。
マンションからずっと、なにを話すか考え続けていた俺は、割合冷静な、はずだ。
「なあ。なに怒ってんだよ。今日ここでメシ食ってかなかったから、キレたのか?」
ベッド脇に寄りかかって床に座り、掛け布団の、黒髪がわずかにのぞく部分に向かって、俺は声をかけた。
そこからごそごそと、十緒子が顔を出す。目が合ったのに、速攻で目をそらされた。
「キレてません。それに、怒ってません」
「だから怒ってる言い方だろ、それ。……なあ、おまえさあ。生き霊になると、文句言えるようになんだな」
「っ、え?」
「気付いてねぇの? おまえ俺に向かって文句、言ったことねぇだろうが。ワガママとか……本当は、いろいろ思うことあんだろ」
「そんな、こと、」
「そういうキャラかよ、って思ってたけど、そんなわけねぇよな。俺が言いづらくさせてんなら、悪かった」
「違っ、でもっ、」
布団をはねのけ、十緒子が起き上がる。グシャグシャになった長い黒髪に伸ばそうとした手を止めるために、俺は腕を組んでそれを自身の体に押しつけた。
「……違う、でも私、あれから、『行かないで』って、ゆっちゃってから私、いろんなモノの蓋が開いちゃったような、止まらなくなっちゃって、その、全部を吐き出してしまいそうで、さっきも結局、そんなつもりじゃなかった、のに……」
ベッドに手をついてベタ座りする十緒子を見上げても、こいつはおろおろと視線を彷徨わせるばかりで、一向に目が合わない。
「吐き出せよ。なんだっけ、まず俺に触りたい、ズルい、それから……」
「っわああんっ」
「……ひとりにしないで、さみしい。あってるか? どうすっか、どれから、」
「い、イジワルしないでくださいっ」
「してねぇし……でも、わかった、しない。だから俺のことも、」
……待て。
俺は、なにを言おうとした?
ことばを続けない俺に気付いた十緒子が、首をかしげて俺を見る。
顔が、熱い。
十緒子がのそのそとベッドから下り、俺と同じように隣で、ベッドに寄りかかるようにして座った。彼女の手のリモコンがピッと鳴り、部屋が明るくなる。
「わあ。水野さん、顔、真っ赤」
「っ、だからなんだよ」
「『俺のことも』、なんですか?」
「べつに」
「イジワルしないって、言ったじゃないですか」
「イジワルじゃねぇだろ」
「ちゃんと言ってくれないのは、イジワルです」
今度は、まっすぐな十緒子の視線から、俺が目をそらしている。
十緒子が下からのぞきこむようにして、無理矢理視線を合わせられ、俺はついに観念した。
あぁもう、どうせ勝てねぇんだ、無駄な抵抗なんか、するだけ無駄だ。
「あのな。俺はイジワルとか……おまえに、嫌われるようなコトは、したくねぇから。だから、俺のこと、も……嫌うな、それだけだ」
クソ。ガキみてえ。
十緒子はしばらくぽかんとした様子だったが、やがてぽつり、とこぼした。
「私も。嫌われちゃうって、思いました……」
「は? なんで」
「だって、帰るって、水野さんが決めたことなのに、それがヤダって言ったりしたら、とか。あとその、早く覚悟を決めないといけないんじゃないか、って」
「覚悟って、」
「む、剝かれたり、っ、食べられたりする、覚悟?」
「っっ、そ、れは……そんなの、しなくていい。急かす気はねぇし」
「えっ」
「えっ、てなんだよ。俺はそんな鬼畜じゃ……いや、そうか。そう思われててもおかしくない、のか」
「いえ、あのっ、その、」
それからふたりして黙り、ふとしたときにお互いが顔を上げ、目が合った。
俺は思わず、ふはっ、と笑ってしまった。
なんだよ、これ。
ばかだな。俺がおまえを、嫌うわけねぇだろ。
それは……おまえも、同じなのか?
◇◇◇
なんか、力が抜けた。
それは十緒子も同じだったようで。
「……じゃあ、ほら。俺はおまえに怒られたくねぇんだから、好きなことしろよ。おまえが好きだって言ってたこの体は、もうおまえのモンなんだから。俺は手を出さねぇようにするから」
なんでだか、ぽーっとした表情で俺の顔を見つめていた十緒子の目がそれを聞き、やがてしっかりした光を宿し、俺の目を射貫く。
膝立ちして、彼女が最初に触れたのは……俺の眉間だった。
あれ、首じゃねぇの?
「いまの、眉間の、この感じ! ちゃんと覚えててください、いっつもにらんでくるじゃないですか! 笑ってると、ここのシワがなくなって……笑った顔が、すっごく……」
俺の眉間をさするうちに、またぽやんとした表情になった十緒子は、その手を頬に滑らせ、「水野さんのマネです」と言いながら、軽くつねる。そのまま下に下りていった手ともう一方の手が、今度はきちんと首に添わされてきたので、俺はなぜかそれに安堵した。
が、次の瞬間。
十緒子が身をかがめ、俺の後頭部に手を這わせ固定し、俺の首をぱくりと食んだ。
歯ではなく、唇で……俺の全身が、総毛立つ。
「っ、んなっ」
「はっ、ついそのっ、調子に乗りましたっ」
身を離そうとした十緒子の手を、思わずつかむ。
「……返しても、いいか?」
「へ、返す? ……はっ、ダメ、ダメです! これは、これこそがお返しだからっ。この前私のほっぺにおんなじこと、したじゃないですか!」
「クソッ、じゃあ返すんじゃないなら、ОK?」
「手、出さないって言ってたのに、」
「イヤならやめる、マジで」
「…………」
「どうする? おまえが選べよ」
「っっっ、そうやってこっちに返事させるの、イジワルだ……」
なんだかんだでキスの何回かとハグ、髪を撫でたりなどは交渉が通り。
添い寝はさすがに無理か、と思ったら意外とあっさり許可され、俺はそこでひと晩を過ごした。
ベッドの上で並んで横になり、なにもせず、ただ十緒子を抱えるだけ。
あの、二日酔いと、己の理性と戦った朝のように。▼
だがあのときとは、まったく違う。
朝、ヘビの奴らと十緒子の話し声がして。
それで目が覚めた俺は、まだ眠っているフリをして、聞き耳を立てた。
「十緒子様、例の。見つけましたのでご報告を」
「例の、お化け?」
「はい。ですが、すぐ消えてしまったので、また……」
やっかいそうでしかないそのやり取りを、聞かなかったことにしたかったが。
そんなわけには……いかねぇんだろうな、たぶん。
クソッ。
関係ねぇんじゃ、なかったのかよ。
つづく →<その13>はこちら
あなたに首ったけ顛末記<その12>
◇◇ ”〇〇”はゴールではない、人生は続く ◇◇・了
(この物語は作者の妄想によるフィクションです。登場する人物・団体・名称・事象等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。)
【2023.03.17.】up.
【2023.03.20.】誤字等修正
【2023.03.31.】あの夜→あの朝に修正
【2023.08.28.】微修正
【2023.10.01.】改行等変更、修正
【2024.02.11.】▼リンク貼付
☆あなたに首ったけ顛末記・各話リンク☆
<その1> はじめまして、首フェチの生き霊です
【生き霊ストーカー・編】
<その2> 鑑賞は生に限るが生き霊はイタダけない
<その3> 水野春臣の懊悩と金曜日が終わらない件
<その4> 御崎十緒子のゴカイ☆フェスティバル
<その5> 手は口ほどに物を言うし言われたがってる
<その6> 日曜日には現実のいくつかを夢オチにしたっていい
【ヘビたちの帰還・編】
<その7> 吾唯足知:われはただ「足りない」ばかり知っている
<その8> 天国には酒も二度寝もないらしい
<その9> どうしようもないわたしたちが落ちながら歩いている
<その10>「逃げちゃダメだ」と云わないで
<その11> アテ馬は意外と馬に蹴られない
<その12> ”〇〇”はゴールではない、人生は続く
<その13> イインダヨ? これでいいのだ!
【御崎十緒子の脱皮・編】
<その14> 耳目は貪欲に見聞し勝手に塞ぎこむ
<その15> 人生と誕生日は楽しんだもん勝ち
<その16> 隠者のランプは己を照らす
<その17> 闇で目を凝らすから星は輝く
<その18> トラブルには頭から突っ込まないほうがいい
<その19> 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【前編】
<その19> 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【後編】
【(タイトル未定)・編】
<その20> 招かれざる客は丁重にもてなせ
<その21> 歌い踊るは人の性
・『あなたに首ったけ顛末記・目次』
↑ サブタイトル込みの総目次を載せた記事です。
・マガジン・小説『あなたに首ったけ顛末記』
↑ 第一話から順番に並んでます。
・#あなたに首ったけ顛末記
↑ ”新着”タブで最新話順になります。
・マガジン・小説『闇呼ぶ声のするほうへ』(スピンオフ・完結)
↑ <その14>のあとに書いたのでその辺でお読みいただくと楽しいかも?
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