マインドフルネスは「道」と捉えると、すぐにできなくてもいいと思えた
以前、こんな記事を見つけました。
「マインドフルネス」とは「道」です。 剣道、茶道などといったものの「道」です。 「道」では、動きのひとつひとつに意識を置き (動作に心をこめるとも表されますが) それが結果的に「美しい所作」に繋がるのです。 マインドフルでいるためには、 「目の前のことに集中している」 ということが必要になってきます。 ここでの「集中」とは、 周りが見えていない「一点集中」ではなくて 周りをよく見えている中で、 自分の作業に「意識がしっかりある」 というような感覚です。
引用元:自分に正直になったらこうなった。
昨日の記事に書いた通り、マインドフルネスとは、「今、ここの自分に注意を向けること」です。
「あの時こうしていれば良かった。」
と後悔するのは、意識が過去にあります。
「もしこの先病気になったらどうしよう。」
と不安に取りつかれるのは、意識が未来にあります。
「この先、大学に入ったらもっと自由になるんだから、楽しいことは全て我慢して勉強しよう。」(勉強それ自体を楽しんでいるのなら、話は別です。)
というのは、未来のために今を犠牲にする生き方です。
以下のような事を、本を読んで、自分が体験してみたりして、ずっと「わかったような、わからないような感じ」でした。
・頭の中に自然に湧き上がってくる雑念は、すぐ私たちを「心ここにあらず」の状態にもっていってしまう
・呼吸をしていることや、地面に足がついている感覚に意識を向けると、過去や未来をぐるぐるしていた意識を「今、ここ」に向けることができる
・それが習慣になると、結果的に心のコントロールが上手になります。
でも自分の中でどこか、
「はっきりした効果が出ない!早く効果を出したい!」という気持ちがありました。
ゴールを「もっと心のコントロールができる状態」に置いて、まだまだ自分はできていない、変われていないと、今を否定して勝手に焦っていました。
早く身に付けたい、自分を変えたい!という気持ちに囚われていたんです。
自分にとって、この「焦り」が大敵でした。
でも、「日日是好日」を読んで、マインドフルネスも茶道や剣道と同じ「道」ならば、(茶道も剣道もやっていませんが笑)一朝一夕に身に付くものではない、と思えました。
あ、「日日是好日」は、マインドフルネスについて紹介されている本ではないです。
呼吸や感覚など、今ここに意識を向けることを繰り返すうちに、気づいたら少しできるようになっていた、結果的に心が落ち着いていた、という類のものなのかもしれません。
「一生かけて取り組んでいくもの」くらいの心構えがある方が、結果として上手くいくのかな、と感じています。
プロセスを楽しむ、くらいの心の余裕をもちたいものです。
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