貴方の心の中で生き続ける
貴方の心に残り続ける事
これが私にとって『生きる』事
テレビ東京『生きるを伝える』に出演した時にも
私は、この想いを届けた
↑放送アーカイブは永久的に見る事が出来る。
もう何年も続いている歴史ある番組だ📺
『生きる』
って何だろう??
指定難病を抱えて生まれてきて
学生時代は心無い言葉ばかり掛けられた。
『生きる』事から逃げたくなるほど……
『生きる』を諦めたくなるほど……
実際に行動に移した事はないけれど、
毎日がとても辛かった……
もう何年も経っているのに忘れられない
『心に残り続けている』
顔も名前も覚えている。もう二度と関わりたくもないが、
当時の記憶のまま、ずっと残っていて
忘れられないのは『心の中で生きているから』
忘れられない限り
その人の中で生き続けている
私は恵まれている。
作品は後世にずっと残る。
こうして綴る発信もデジタルタトゥーだから残る。
私を忘れられない限り、生き続けている
先日、市長表敬訪問をさせて頂き、
中日新聞近郊版にも大きく取り上げられた。
山下市長からは
『大河内さんの発信を市からも発信していく』
『発信のお手伝いが出来れば』
と心強い言葉を掛けて頂いた。
少しずつ社会に認められ始めている
私に心無い言葉を掛けていたのは同級生だけではない。
その同級生の兄弟までもが加害者だった
学習塾でも、他校の学生に
心無い言葉を掛けられ続けて私には居場所が無かった
けど、それでも負けないで…
なんともないフリをして…
いや。心無い言葉を掛けられ過ぎて
言われ慣れていただけなんだ。
『おはよう』の挨拶程度に感じていた。
『タヒね』とか言われるのに慣れて、それが
挨拶に感じてくるって相当だけれど←←
負けなかったのは、
『ガラス作家』という夢があったから
当時心無い言葉を掛けてきてた人、
全員を覚えてる訳では無い。
顔はなんとなく覚えてるけど名前は覚えてない…
とかそんな感じだ。
だけど、
良い意味でも悪い意味でも心に残り続けるという事は
相当強いインパクトを与えているから
私は、自分の活動を誰かにずっと覚えていて欲しい
SNSや作品はずっと残る。
インパクトを残していきたい!!
『好きだから想い出す』
『嫌いだったから覚えてる』
強い感情が伴うから記憶に残る
BeautyJapanでは
来場した人全てじゃなくていい……
誰か一人にでも強いインパクトを与えられたらそれで良い
結果が全てじゃない。その過程が大事だ。
中部NEO大会の時にそれをすごく実感した。
初めて面と向かって伝える難病のこと。
今までの経験を理由に
『受け入れてもらえない』と勝手に決めつけた
だから『自分の可能性を自分で潰していた』
もっと早く打ち明ける勇気があれば
変わっていたかもしれない
だからこそ、同じ後悔をしてほしくない。もっと早く、
あなたにとっての良い未来を切り拓いて欲しい
昔あんなに心無い言葉を掛けてきて…
それは男性に多くて……それなのに今は、
受け入れて力を貸してくれるのは男性が多い
自分をオープンにする事で
信頼すべき人も見極められる!!
私は『生き続ける』為に
自分の経験は全て発信していく
指定難病を抱えながらも
もう『病』を理由に逃げる生き方はしないと決めた
だからこそ、セミヌードも公開している。
この難病は、視覚から伝えていかないと
苦労や辛さは伝わりにくい………
そして
『認められる』は『心に残る』の第一歩だ
『認められる』には『発信』しないと
そのキッカケを作る事は出来ない
私に発信のキッカケをくれた俳優さん。
その方は私の人生において
幾つものターニングポイントになっている。
そしてきっと陰ながら見守って下さっている。
作品をお渡ししたのはもう四年前だ。
けれど、今でもずっと愛用して使い続けて下さっている
ずっと…ずっと…割れる事なく
『生活』に溶け込んでいるのだ。
そのことをBeautyJapanをキッカケにご連絡下さり、
『心に残る事』=『生きる事』
だと想いが強くなった。
どのような形であれ、
その人の心に残っていれば
『記憶』として生き続ける
本当の『タヒ』は天国へ旅立った時ではない。
『記憶』から無くなった時。
誰一人からも覚えられていない時。
私は、レックリングハウゼン病を発信する当事者。
そしてガラス作家だ。日本で唯一無二。
後世にずっと残り続けるモノを発信する。
指定難病
治療法がないからこそ、
後ろを向いてしまいたい時もあるけれど、
私は自分の運命を正しく受け入れていく
それを発信していく
誰かの心に残り続けるように……
私は生き続けていきたい