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福島の山奥に戻りました
コーヒー農家さんの支援をするべく、青年海外協力隊としてルワンダに派遣されてから、たった3ヶ月。
コーヒーの収穫目前での帰国。
コロナという全世界を今もなお揺るがしているウイルスによって、青年海外協力隊も全隊員が日本へ帰国となりました。
たった3ヶ月でも、ルワンダに住むことができた経験は、わたしの人生でとても大きなものとなりました。
アフリカの小さな国で感じたのは、
”生きる”ために、生きているような、そんな感覚。
先進国と呼ばれる国々が、果たして本当に”豊か”なのか?
”豊かさ”とは、一体。
道を歩けば”ムズング(白人)”と声をかけられ、大虐殺の歴史の上にあるルワンダのいまを歩む中で、人間の違いとはなにかを想う。
様々な想いが、脳内を駆けめぐりました。
前回の記事で書いたように、コーヒーと出会って、貧困も戦争もコーヒーでなくせるんじゃないかと思った。
それから5年、メルボルン、ドバイ、東京でバリスタをしたり、バリのコーヒー精製所に住み込ませてもらったり、ルワンダのコーヒー農家さんの支援に関わったり、生豆の輸入に携わったり。
短い期間でも生産、輸入、消費、全ての流れに携わることができて、沢山の可能性も感じながら、そもそもコーヒーがビジネスとして成り立つ背景の暗さに考えさせられたりして。
食べることができないコーヒーを、食べることに困っている方たちに作ってもらうことが正なのか、わからなくなったりした。
色んな国に住んでみて一番に感じたのは、文化の違いよりも、生活水準の違いよりも、人間はみんな同じってこと。
だれもが笑ったり泣いたりして、ごはんを食べて、眠りにつく。
少しの違いはあっても、同じなんだと、当たり前のことに気が付いた。
そうしたら余計に、争う意味もわからないし、差別する理由もわからなくなった。
そうしてぐるぐる考えていたら、動物や植物も人間も、みんなで住む地球のために、いま出来ることをしてみたくなった。
いまは、地元の福島に戻り、父と太陽光発電に関わりながら、山奥で小さな畑をしつつ暮らしています。
自然に寄り添った、”生きる”ために生きる、そんな暮らしを。
ビギナー百姓としての日々を、またここに書き溜めていこうかと思います。