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ディストピアの栄養学:映画マッドマックス 怒りのデスロード からの学び(悪役イモータン・ジョー)

 MAD MAX怒りのデスロードは、過去3作品の融合による映画芸術の一つの完成形を見せてくれる。医者でもあるジョージ・ミラー監督による悪役イモータン・ジョーの分かりにくい設定を考察してみる。(小野堅太郎)

 さて、長々と前史を書かせてもらったが、これでもかなり減らしているんです。今回は大好きな悪役イモータン・ジョーを解説する。役者は、ヒュー・キース・バーン。MAD MAX第一作の凶悪な暴走族リーダー、トゥカッターを演じたその人である。40年の時を経て再び悪役として同一映画シリーズに出演したことになる。メル・ギブソンは、いろいろ問題があって出演できない。ヒュー・キース・バーンは、MAD MAXファンには最高のキャスティングであったし、実際の演技も最高であった。

1)水の確保

 本作は、第2作から続く核戦争後の文明の消失した世界。イモータン・ジョーは、髑髏の紋章を掲げ、砂漠のある一角を統治している。巨大に突き出た岩の中に要塞を建築し、汲み上げた水を高みから民衆へ与える。

 水は陸生動物にとって、必要不可欠なものである。水がない土地、つまり砂漠で生き抜くためには「いかに水を得るか」は最重要課題である。砂漠にはオアシスがあり、その周辺に人は住居を築く。しかし、オアシスがあるということは、砂漠の下には水脈があるということ示しており、だいたい砂漠地帯には水脈に沿った地下洞窟がある。砂漠の道であるシルクロードをわたる旅行者や商人たちは、オアシスにたどり着かなくとも、時々開いた地下洞窟への穴から水を汲んで飲むことができるわけである。マルコポーロや三蔵法師も利用したに違いない。

2)農業の実施

 さて、イモータン・ジョーは地下水を汲み上げるために、巨大な水車を作り、人力で汲み上げている。その動力を使って車の昇降もやっている。汲み上げた水はおそらく岩砦の上部の貯水池にため、何らかの農園を形成していると思われる(映像では頂上に緑が見える)。砂漠に水を撒いても吸収と蒸発で植物も育たない。

 一度汲み上げた水を降ろすのは簡単である。よって、岩砦内部には、その水を利用していると考えられる水耕栽培のカットまで映る。水耕栽培は、レタスなどの緑黄色野菜を少ない水で育てる方法である。これについては他のWebsite(CKさんのアメブロ)に既に詳しく紹介されている。よく見ると各プランターが鎖で複縦構造に吊るされており、満遍なく日光を当てるための工夫までされている。屋内にあるのは、気温差の激しい砂漠の気候では育たない作物を育てるためである。緑黄色野菜からはビタミンの摂取が可能となる。ビタミンとは人が体内で合成できない必須栄養素であるので、生存に必須である。

3)栄養素の供給

 さて、ビタミンの話が出てきたので、もっと大事な三大栄養素についても考察してみる。炭水化物(糖質)、タンパク質、脂質である。

 炭水化物として、米や麦などの穀物は映画には一切出てこないが、オアシスではヒエのような穀物が育つらしいので、岩砦屋上で育てられているかもしれない。乾燥し、ネズミなどいない地域であるので穀物は長期の保存がきく。

 タンパク質に関しては豆などのような植物性タンパク質は難しいだろう。映画冒頭で、MAXがトカゲを食べるシーンがある。MAD MAX2で食べてたドッグフードはとっくに枯渇したのだ。また、物語後半でニュークスという若者が黒い虫を食べるシーンがある。おそらく、タンパク質としては砂漠に生きる動物や昆虫からの動物性たんぱく質を摂取していると考えられる。ちなみに、この黒い虫だが、「ゴミムシダマシ」と言われる撮影地ナミブ砂漠の有名な虫である。後ろ脚が長く、お尻を上に上げることで、体についた水滴を口に集めて水を飲むことで知られる。

 脂質となると、イモータン・ジョーはぶっ飛んだことを思いついた。MAD MAX3サンダードームではラクダが出てくるが(ブタやフルーツも出てくる)、砂漠ではラクダの乳は貴重な脂質供給源である。しかし、家畜は絶滅したようである。そこで考えたのが、ヒトの母乳だった。母乳絞り工場のシーンが出てきたときには笑ったが、よく考えるとなるほどなと感心した。酸性にすれば分離してチーズなどの加工もできる。映画中盤で、バケツに溜まった液体でMAXが顔を洗って「なんだこれは?」「母乳よ。」と言われて、一瞬困るMAXがいる。逃走用のトラックに食料として母乳を運んでいたという証拠である。

 まあ、5番目の栄養素ミネラルとして、塩の話も欲しかったかなぁ・・・(小野の研究分野)。塩の話はいつかします。

4)砦の要塞化と交易

 こういった水と食料の備蓄・産生は砦内で行われる。武器や移動モービルも砦内に格納している。民衆は砦外にいるものの、もし外敵の攻撃を受けたとしても砦内で数か月攻防を繰り広げることができる。つまり、すべて計算された要塞となっているのである。

 映画冒頭では、ガスタウン(石油採掘の街)へ向かうトラックをイモータン・ジョーが激励し、民衆に水をふるまう。トラックには護衛がつき、道の安全を確保する。イモータン・ジョーの街は水を輸出しており(もしかしたら母乳も)、代わりにガソリンを得ているのだろう。交易には力と力の交渉が必要で、軍の大隊長(フュリオサ:次回に解説)がその任に就く。貨幣のない社会なので、死んだ者のの数、失われた車とバイクの数が映画中盤で報告されるが、物々交換の世界なので当然である。

 このように現代文明と法を失った世界において、非人道的ではあるけれど、生きるための仕組みが街に備わっている。

5)抱えている病気

 過去に何があったか知らないが(おそらく核戦争による影響)、イモータン・ジョーは皮膚と呼吸器系に問題を抱えている。腫瘤もいくつかある。被爆国であり、福島原発事故の経験を持つ日本人からするとどうかと思う表現が多々ある映画だが(字幕・吹き替えではカットしてある。これはこの映画に限らず、多くのヒット映画でも日本人が、うん?、と思うセリフはカットされている。)、一つの世界観として受けれた。

 冒頭ではジョーの身体に子供が白い粉を吹きかけている。ベビーパウダーのようなもので皮膚のかぶれを予防しているのか。塗るやはたくでいいものを吹きかけているということは、痛覚過敏である可能性が高い。実際、粉を吹きかけた後は中空の透明ガラスの鎧をまとう。皮膚に触れると痛いのだ。触って痛いことは通常ないが、過敏状態になると服が擦れただけで激痛が生じる。これを異種痛、医学では一般にアロディニアといい、一般の痛覚過敏とは区別する。

 さらに首には蛇腹式のエアパックを装着し、おどろおどろしい人工呼吸器で顔が覆われる。命がそれ程長くないことは一目瞭然である。二人の息子たちを信頼しているものの、呼吸器や身体に障害があり、健康体の跡継ぎを得るためにハーレムを用意する。

6)ハーレムの好待遇

 ネタバレなど関係ない決まり決ったストーリーの映画であるので、言ってしまうと、ハーレムの女たちが逃げて、追跡が始まるというだけのお話である。女たちは口々にイモータン・ジョーを「悪魔」と罵り、自由の世界を求める。

 この映画の凄いところは、対比を入れて登場人物の背景を浮き彫りにするところである。圧倒的に汚い人物しか出てこなかったのに、急にハーレムの女たちが登場すると、いきなり華やかになり、きれいで肉付きがいいのである。序盤で貧しい民衆たちが泥水を奪い合っていたのに、ハーレムの女たちはタンクの水をジャバジャバとこぼしながら水を飲み、体まで洗うのである。今までいい暮らしをしてきたことを、映像で表現できている。

 イモータン・ジョーは女たちを無事取り返すために先陣を切って行動する。女を助けるために車を横転させるし、意識を失った女を抱きかかえて悲しみに暮れる。しかし、もう回復しないとわかると切り替えが早い。

7)戦略の巧みさ

 クライマックスの戦闘シーンは、一見おバカに見えるが、知恵の塊のような戦略でいっぱいである。詳細は見てのお楽しみということで、1点、謎のギター・太鼓集団についてのみ考察する。大型のスピーカーを大量に積み込んでエレキギターをかき鳴らしながら、太鼓をどんどんやってる一団が登場する。本作は音響がすごく、音楽もかなりいい。音楽で盛り上げるためのやりすぎ演出かというと、そうではないのである。

 本原稿を書くため、シリーズの音楽を調べたら、1作・2作目の音楽担当がブライアン・メイとあって、ええ!クイーンの?と驚いたが、Wikipediaで別人と書いてあって熱狂は一日で消えた。

 話を戻そう。音楽、というか、太鼓や銅鑼などは戦うものの士気を上げるために古来から獲物を追ったり、戦闘中には使われたものである。文明の残骸が残った世界で、原始的な戦闘が行われるとしたら、あの形の鼓笛隊が従軍するかもしれない。砂塵巻き上がる視界不十分な戦闘の中で、特徴的な音による方向指示は大切である。また、音やリズムを変えることで、作戦を出すタイミングを指示することもできる。こういったことから、あの謎のギタリストは必要なのである。

 イモータン・ジョーだけで長文となりました。今回はここまでです。次回は、マックスとフュリオサ、本当の主人公は誰か、の話をします。

つづく


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