瞬間的な情熱は無意味である。持続できる情熱だけがビジネスになる。(ジャック・マー)
【考えるヒント】
高校時代の私は、柔道部に入っていて、基礎練習が非常に嫌いだった。特に、マラソンが苦手だったのだが、そんな私も、マラソンで感動的な映画を見ると、その時だけは、マラソンがなぜか頑張れるのだ。だから、柔道部の顧問が、中土井は、いつもマラソンの映画を見てろと言うのだが、そんなに都合よくそのような映画がテレビで放映されるわけもなく、大体はビリに甘んじて、いつもどやされて基礎練習は、終わるのだ。
人間は、中々感動も続かなければ、情熱も長く続くことはない。私は、柔道以外に、実は、ギターリストになる夢を持って、ギターを一生懸命練習していたが、いつしか、自分の限界を知って、ギターリストになることも諦めた。自分の限界を乗り越えるだけの情熱がなかったのだ。
そして、今、続いているものといえば、自分が選んだコンサルタントの道だけだ。20年も続いている。そして、今も情熱が消えないで、何とかやっている。そして、そのコンサルタントの領域が、なんと大学時代から真剣に考えようとしていた教育という領域だ。教育のことについては、未だにめげずに考え続け、本を読み続けている。かれこれ、40年以上は、考えている。情熱が、全てではないが、情熱のないところに、何も咲かないのも事実だ。情熱を持って
臨むことが出来るものを一つでも良いから、見つけることだ。それが他人から与えられたものでも構わない。自分のこととして情熱をもつことだ。
【考えるヒント・今日の言霊】
2021年11月8日(月)
VOL.5324
作者:中土井鉄信(合資会社マネジメント・ブレイン・アソシエイツ 代表)