寛容だからフォフォフォと笑うのか、フォフォフォと笑うから寛容なのか
年寄りの人格者、あるいは悟りの境地に達したような仙人的な人たちは、総じて「フォフォフォフォフォ……」と笑っているような気がする。「アハハハハハ……」とは笑わない。
試しに自分で「フォフォフォフォフォ……」と笑ってみると、確かに寛容な気分になってくる。すべてがいい意味でどうでもよくなってくる。
これを読んでいるあなたも、今すぐにやってみてほしい。
「フォフォフォフォフォ……」
寛容になったはずだ。
「悲しいから泣くのか、泣くから悲しいのか」
「楽しいから笑うのか、笑うから楽しいのか」
というのはよく聞く言葉だが、これにもうひとつ加えねばなるまい。
「寛容だからフォフォフォと笑うのか、フォフォフォと笑うから寛容なのか」
いずれにせよ、何か心がざわざわしたときには、「フォフォフォフォ……」と笑っておくといいのではないか。
それにふさわしい人格がまだ備わっていなかったとしても、とりあえず形から入ってみるという手はある。その時点で、問題の半分以上は解決しているのかもしれない。
フォフォフォフォフォ……。
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