「祝祭と予感」「羊と鋼の森」を読んだ日
先週読んだ「蜜蜂と遠雷」から分かりやすく影響を受けて、この2冊を読んだ2週間でした。
・天才たちの未来と過去
恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」のスピンオフ、「祝祭と予感」、また主人公達やその周りの人々に会えて嬉しかった!
やっぱりどれも素敵なスピンオフだったけれど、どれが好きだったか強いてあげるとするなら「竪琴と葦笛」かなぁ、、
真っすぐなナサニエルが一人の大人としてマサルに接する様子から、元々好きなキャラクターだったマサルがどうしてナサニエルを師事したのか、納得のいく物語でした。素敵な大人とマサルは出会って、そのまま素敵な関係性を作れているのが羨ましい。
他にも、「袈裟と鞦韆」(これは好きだったけれどかなり心が苦しくなった)、「伝説と予感」(塵の天才ぶりが余すことなく描かれていて非常に良かった)も個人的に好きでしたね。
・才能とは、才能を越える何かとは
映画は見たことがあったけれど、原作は読んでいなかったピアノの調律師の物語、宮下奈都さんの「羊と鋼の森」を読んだ。
あらすじにも書かれている、「才能」について多く描かれている物語でした。
主人公の外村が、自分には才能が無い、調律を上手くできるようになるにはどうしたらいいのだろう、どれ程努力を重ねれば、憧れの人の調律に辿り着けるのだろう、と悩みながら目の前の1つ1つのピアノと向き合う姿がひたむきで、社会人としてまだ若手の自分にも響くものがあったな。
私は、少し皮肉屋で、でも誰よりも冷静に「自分の調律」をこなす秋野さんが好きだった。
一通りのことができるようになるまで、吸収するのに必要な一万時間。その一万時間を越えた後、残ったことは自分には才能が無いということだったら、と気づきそうになるとき、この秋野さんの言葉が意味することは大きいな。
自分には才能がなかったと認め、明確なリタイアを一度経験した秋野さんの言葉は、それでも現実を生きていく、好きなことに向き合っていく人には温かい言葉が多いように見えました。
以上!おしまい。