-文章力ブートキャンプ①- 世界の果てのテラリウム
目を覚ますと、降りなければいけない駅はとうに過ぎていた。
ぷしゅぅ、が、がぁぁあごぉん
扉が閉まる音を背中で聞きながら、私はどこか知らない駅で降りる。
がたんがたん、と小気味良いリズムを響かせ電車は走り出した。先ほどまで私が微睡んでいた明るい光が、水煙に少しずつぼやけていき、やがて見えなくなる。私は薄暗いホームでそれを見送った。
雨が降りしきっている。夏の終わりの、冷たい雨だ。
私はスマホを取り出し時刻表を調べる。地元駅に帰り着くのは終電間際のようだ。こめかみ辺りがきりきりと痛む。
気を取り直し温かい飲み物でも買おうかと、自販機を探しにホームをうろつくことにした。
降りた駅は聞いたこともない名前だった。単線で、ホームはひとつしかない。ホームの屋根は見るからに古ぼけていて、蛍光灯がてんてんと、心許なく点っている。駅の周囲にビルは見えるが閑散としていて、明かりは全て消えていた。
世界の果てだなあ。そんな言葉が思わず口に出る。念の為に周りを見渡したけれど、一見してわかるほどにホームには私ひとりしかいなかった。
駅に唯一あった自販機でコーヒーを買い、ホームの中ほどにあるプラスチック製のベンチに腰掛ける。プルタブを引き上げ缶に口を付けるが、飲み慣れたはずの苦みはどこか味気なく感じられた。
スマホの充電も尽きかけている。目の前の景色を眺める以外、私にはすることがなかった。
墨色の闇に包まれた知らない町が、雨に沈んでいる。
シャッターの閉まった蕎麦屋と佃煮屋。ロータリーの植え込みに置かれた子供のオブジェ。今日はもう停まることはないだろうバスの停留所。打ちつける雨音の中で、それらはしんと冷ややかな表情を私に向ける。この町にとって、今の私はこれ以上ないくらいに余所者だった。
ホームの屋根が雨の当たらない小さな四角を作って、町から切り離している。白くぽつんと浮かんだその中で、私は心底つまらなそうな表情でコーヒーを啜っていた。
しばらくそんな風にしていると、不意に足元の方から視線を感じる。
目を向けると、いつの間にかそこに一匹の猫が佇んでいた。黒毛と赤毛がまだらに散った錆び猫が、こっちをじいっと見ている。
おやおや、あなたも雨宿りですか。私は錆び猫に話しかける。
ええ、そのようなものです。錆び猫はそう言って、その場に座り込んだ。
美しい猫だ、と私は思う。その毛並みは品の良いべっ甲細工を想像させた。
退屈ですか?不意に錆び猫は尋ねてきた。
少し驚きつつ、
わかりますか?と、私は肩をすくめる。
正直なところ………。錆び猫は少し迷ってから、
かなりはっきりと。と、苦笑しながら続けた。
私もばつが悪くて笑う。
まあ仕方ありません。都会の方にとって、この町は世界の果てのようなものでしょうから。錆び猫は町を見ながら、そうしみじみと漏らした。
内心ぎくりとする。先ほどの独り言を聞かれていたのだろう。
レールを通じて、遠くからかすかに駆動音が聞こえてきた。私の街へと帰る電車が到着しつつある。
でも、今日はちょっとフェアじゃない。あなたも急なお着きだったし、町の方も出迎えの準備なんて全然していなかった。
そうでしょう?錆び猫は首を傾げて再び私を見た。
たしかに。私は頷く。
雨の音をかき消すように、大きな音を立てながら車両が駅に流れ込む。少しずつ速度を落とし完全に止まると、一瞬間を置いてゆっくりと扉が開いた。ホームに明るい光が落ちる。
私は立ち上がり電車に乗り込む。そして、錆び猫の方を振り向いた。
春の暖かい日に、またのんびり来てください。天ぷらが美味しいんですよ。錆び猫はくしゃりと笑った。
はい、いずれ。私がそう応えるのと同時に、電車の扉が閉まった。
(1499字)
お題:「雨の日の出会い」
テーマに沿って、1500字以内のショートストーリーを執筆してください。以下の要素を必ず含めるように意識してください。
構成の明確化:起承転結の流れがはっきりとわかるように書くこと。最初の数行で状況説明を簡潔にまとめ、読者が読み進めやすい導入を心がけましょう。
感情の表現:登場人物の内面をできるだけ具体的に描写し、読者が感情移入できるようにしてください。「怒り」「悲しみ」「安心」など、感情の変化をリズミカルに配置します。
言葉選びの強化:感情や風景描写の際に、ありきたりな言葉を避け、個性的な言い回しや視覚的に強い表現を取り入れてください。比喩や対比を活用し、読者に印象を与える描写を心がけましょう。
テンポの管理:長すぎる文は避け、短文と長文のバランスを取るように意識します。リズムが単調にならないように、緊張感や抑揚を文章のリズムに取り入れてください。