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コムローイを見上げながら思い出した、どうしようもなく苦しかった日々
23時半。目を刺すような蛍光灯の光の下、現場事務所の壁掛け時計を見つめる。
「どうせ今帰っても、寝て起きたらすぐに出勤か……」
原付で片道40分の家路を想像しながら乾いたため息をつき、私はデスクトップに向かって作業を続けた。
冬のすきま風が入ってくるボロい現場事務所でも、エアコンで暖房全開にすれば寝泊まりだってできる。今日はここで寝よう。それくらい、いろんなことがどうでもよくなっていた。
効率の良い働き方ではないことは自分が一番わかっている。わかっているからこそ、現状を変えられない自分が情けなくて悔しくて、どうしようもなく虚しかった。
*
2年前の私は、電気工事の会社で施工管理をしていた。簡単に言うと、建築現場における電気の職人さんと、発注者との間の調整役だ。
施工管理の仕事には、現場の段取りや他業者さんとの調整だけでなく、図面作成・予算管理・安全管理・品質管理における事務作業もある。竣工が近づくほど、「現場対応と事務作業の両立」に悩まされた。現場を丸く収めるために日中は現場に出て、事務作業は定時後に。そんな仕事の進め方しかできない自分が嫌いだった。
結果、「仕事と家庭の両立」という天秤は、常に仕事の方に傾いていた。その天秤のバランスを保つために費やすべきリソースは、頭にも体にも残っていなかったといっていい。
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それから2年後、フリーランスのライターとなった私は今、タイ北部の街・チェンマイにいる。コムローイ祭の会場に並べられた椅子に座り、これから始まる儀式を前に浮足立つ世界中の旅行者の中に。
コムローイについては、「Webライター」という仕事の存在を知ったときに、初めて知った。「ノマドの聖地、タイのチェンマイに来たら必ず見たい絶景」だと、あるライターさんがYouTubeで発信していたからだ。
「……の、野窓?」と、当時の私はその言葉の意味をすぐに理解でなかった。しかし、その言葉を通じて「住居を持たず世界中で仕事をする人がいる」という事実を知ったときの、私の衝撃は計り知れない。
当時の私が必死に追い求めていたのは、「働く場所と時間を自分で選ぶ」という自由だ。いつしかコムローイは、私にとってその象徴になっていた。
2年前の、情けなくて悔しくて、どうしようもなく虚しい気持ち。それを昇華させる手段としての「Webライターで副業する」という1本の糸。
「自由」につながっていると信じたその糸を、決して切らさないように、必死にしがみつくように、体力の限界まで書いた。
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祭の会場で、瞑想が始まる。先ほどまで浮足立っていた旅行者たちの喧騒は嘘のように消えた。長い沈黙の中、少し目を開けると、雲ひとつない夜空にまるい月が顔を出していた。本当にきれいな満月だった。
瞑想が終わり、ランタンに火を灯す時が来た。会場が再び喧騒に包まれる。周囲の人に合わせて、見様見まねで私は自分のランタンに火を灯した。うまく飛ぶだろうか。カウントダウンが始まった。
3……2……1……
不意に記憶がフラッシュバックしてくる。
会社員時代、夜中に帰宅すると、家事と育児で疲れ果てソファに倒れ込むように寝ている妻の姿。
(……ほんまどうしたええねん)
副業ライターを始めたばかりのころ、深夜遅くまで書いたSEO記事の報酬が微々たるものだったときの絶望。
(……こんなんでいつ独立できんねん)
社長に退職を告げたときの、「間宮くんには絶っ対に無理やで。やめとき」という言葉——。
(……なんでそんなこと言われなあかんねん)
2年前、冷めた目で現場事務所の時計を見つめていた私は、たしかに今、コムローイを見上げていた。
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私は泣いた。
感動とは違う。不思議な感情だ。
葛藤しながらもがいていた過去を誰かに許してもらったような、やさしい涙だった。
会社を辞めたって生きていける。
やりたいことはできる。
勝手に、無意識に、自分の人生を諦めて生きていただけだったのだ。
「なんだよ。できんじゃねぇかよ……やりたいこと」
空を自由に泳いでいく無数のコムローイ。
私はこの景色を一生忘れない。
この記事は、私が所属する「書く」仕事をたのしく続けるコミュニティ“Marble”のアドベントカレンダー企画に参加しています🎄
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