BaseTalk vol.1 最前線のリーダーシップ-何が生死を分けるのか-@英治出版
英治出版のコミュニティスペース(EIJI PRESS base)とは…
英治出版の山下さんがプロデュースしている場所。不定期でこういったイベントが開催されていたり、ここを拠点に活動している人がいたりします。
BaseTalk vol.1は、ロナルド・A・ハイフェッツ, マーティ・リンスキーが書き、 野津智子さんが翻訳する形で「新訳」で来週発売される「最前線のリーダーシップ―何が生死を分けるのか―」の勉強会。baseにいる阿座上の兄さんが企画したイベントとのこと。
「新訳」とは、既に日本語に訳されていたが、新しい情報を追加されたりしていて、訳をし直して出版された本のこと。
今日のテーマになっている本は、ハイフェッツとマーティ・リンスキーのアダプティブ(適応を要する)リーダーシップに関する3部作のうちの1冊。
1.リーダーシップとは何か(理論編)
2.最前線のリーダーシップ(実践編)
3.最難関のリーダーシップ
編集者より)なぜリーダーシップが危険なのか
単に人の上にたつのではなく、より良い方向に導く人。場合によってはその人が持っていたものを捨てる選択肢をさせる可能性すらあるため、痛みを伴うし危険でもある。
この本の中でも、リーダーとして失敗にあう・抵抗に受けるということは、その人自身に向けられているのではなく、変革を起こすという役割に対して指摘されている。
トークゲスト)宇田川先生
組織論の中で、社会構成主義の領域の研究者。
「対話型組織開発」の本でいうと、3章のフランクバレット(ケネス・ガーゲンと一緒に研究してる人)に近い。
理論研究者なので、経営学にない知見を別の知見から持って来て、経営学に結びつけるため、普段は哲学・人類学・社会学など別領域を読む。とのこと。
0.組織変革やリーダーシップについて
去年出版された「最難関のリーダーシップ」という本を知るまでは、ハイフェッツを知らなかった。なぜかというと経営学の組織開発の一部でしか取り上げられず、リーダーシップの教科書的なところには出てこなかったから。(宇田川先生曰く、ハーバード・ビジネス・スクールじゃなくてハーバード・ケネディ・スクールだったからかもしれない。)
1.リーダーシップの本質は対話にある
ハイフェッツがすごいのは、リーダーシップの本質を対話においていることで、対話とは、相手の自分の間に揺るぎなき関係を作ることなので、自分の身を晒す覚悟が必要になる。ユダヤ人のマルティンブーバー(哲学者・神学者)が展開した思想とも合い通じる。一神教の考え方の基本は、「人間は神になってはならない」、つまり、自らの思考には限界があることを受け入れることが必要だと述べていることにも通じている。
2.本当の対話とは
対話は「じっくり話す」ではなく、自分にとって不都合な・憎む・恐れるものと向き合うために、変わる(相手と自分の間に今までにない関係を築く)ことである。
一般的なリーダーシップはドラクロワの「民衆を率いる自由の女神」のトリコロールを持ってる女神みたいなもの。
ハイフェッツは変わることに生じる痛みを支援する(地味な存在)裏方的なもので、だからこそすごくリスクがある。
人が変わらなければならない時に痛みが生じるというのは嫌なことだし、つまりは、避けたい・めんどくさい・逃げたいと思ってしまう。それを逃さないようにしないといけないので、乗り越えるためにそれを支援するのがリーダー
3.痛みを伴うリーダーシップ
世の問題は2種類とされていて、①技術的問題(テクニカル・プロブレム)②適応課題(アダプティブ・チャレンジ)に分けられる。
1は答えがあるけど、2は答えがない。
喉が渇いたから水を飲むのは1。本にも出てくる年老いた祖母に車の運転をどうやって辞めさせるかというのが2。2は答えがないし、夜友人と外食する楽しみを奪うという痛みを伴う課題でもある。
プロセスとしては、観察→解釈→介入を回す。
例えば、新しいことをやりたいけど、現場のオペレーション改善の課題もあるから余裕はない。でも新しいことをやらないと会社の未来がない。改善だけではできないことがある。という場合。
抵抗が起きるのに対処するには、まず誰にどんな痛みが生じるのかを理解しなければならない。抵抗は誰から・なぜ起きるのかを考えると、例えば部長目線で考えると、彼は利益責任やコンプライアンスの責任がある中で新しいことをするのは不安。
「これで数値目標を達成できるのか?」「これまでやってきたことを否定されるのか?」と思ってしまう。
すごい抵抗があるとしたら、まず、どこに連れていかれるのかわからないという不安があるから。我々が何者で、どこからきて、どこに向かおうとしているのかがないと、変革はできない。
4.変革の意味とは
そこまでして変革する意味があるのか。となるが、ハイフェッツが捉える変革の意味は一般的なものと違う。
通常は「新しいことを何かやること」彼らが述べているのは「大事なものを守るために変えなければいけないものは何かはっきりさせること。それは何かを守るためにあるのか知ること。」
本書ではユダヤ人であることを隠さず述べている。過越祭はパンを…とか色々理由のある文化的儀式がある。彼らはそれをなぜするのかという物語を受け継いでいる。時代やそれぞれの社会にも適応はしているが、紛れもなく伝統を引き継いでいる。確固たる核の部分がなければ、あらゆる変革は拒絶される。
忘れてはいけないのは、このコミュニティにおいて①守らなければいけないものは何か②変えてもいいものは何か③変えてはいけないものは何か。
日本語で言う「温故知新」に近いものがある。古きを温める(今までが何だったのか)知らないと、新しいものと言われても、何が新しいのかわからない。
ワイクも「新しいものは過去にあった何かに似ているもの」と述べているし、何を大切に守るかを抜きにして変革をすることはナンセンスで、まさに意味を成し得ない。
5.するべき人に仕事を返す(6章)
変革をするリーダーになる覚悟を決めて挑むと、全部自分でやらなきゃいけないと思ってしまう。でも、それはリスクとなる。
①疲れる
まず、疲れてしまう。(会場笑い)
社会人大学院で最難関のリーダーシップを読んできてもらった時、看護師さんが「とても忙しくて、適応課題に挑めない」と言っていたので、まず英気を養って。休もう。と言ったことがある。疲れていたら何も始められないので、一番大事。
②人を無責任にさせてはいけない
覚悟を背負っている人はパワーが漲っているから色々やろうとするが、それは「〇〇さんがやる仕事」になってしまい、他の人が関わる余地を奪ってしまう。
会場内の人のイベントで相談を受けたことがある。ある人が相談を受けまくって、もう相談受けたくないと言い出した。こうなってはいけない。『なぜこの人はわかってくれないのか』と言う本にも出てくるが、我々はつい「いい人でありたい」「素晴らしい人でありたい」と思う餌が転がっていて、ついつい飛びついてしまう。その欲求は誰にでもある。それは、そこに関わる他者をどんどん無責任にしてしまうし目的を見失う。
ちゃんと仕事を返すと言うことをリーダーはできないといけない。
③バルコニーに立つ
みんながダンスフロアで踊っていて、自分もその一員であることを自覚しないといけない。
そのため、ダンスフロアを見渡せるバルコニーに立って、みんなの表情や、自分の立ち位置がわからないと(観察できないと)いけない。
眺めるということ。見つめるじゃなくて眺める。一人でフォーカスしてやる行為ではなくて、対象化して見たくないものも見えるようにする。
例えば、宇田川先生が多くのことを学んだ組織として「べてるの家」という場所がある。精神障害者の支援を行う場所だが、前提として日本における精神障害ケアは隔離政策から始まったこともあり、一人当たりの向精神薬の使用量が多く、世界中の病床の20%が日本にある。感覚的な部分としても、自分の家の隣が精神障害者のグループホームになると聞いたら人々はいろんな思いを抱いてしまうが、それはこれまでこの国がやってきたことによる結果だから仕方のないこと。
べてるでは、「人生の苦労を取り戻す」という言葉がある。「病人」になってしまうと、お医者さんやソーシャルワーカーに囲まれて、病人として生きる人生が始まる。
例えば、薬で幻聴が聞こえなくすることもできるので、症状が消える。すると、「病気が治った」と思う。苦労を取り除いていって貰う形になっていく。でも、べてるの人は「病人として生きているというのは、いろんな人が優しく助けてくれる。だから、そこから抜け出すのは難しい。」という。
そのため、べてるではあなたがあなたの病気に一番詳しいはずだからと「当事者研究」として、自分で自己病名をつけて自分の病気を研究をしていき、それをみんなで話し合う。これが「眺める」「バルコニーに立つ」と同じ。眺めることで、一方的に助けてもらっていた関係と違う関係が始まる。
亀井さんはダメダメ幻聴とホメホメ幻聴があるという。(医療的にはドーパミンをコントロールして消す、という話になるが)本人としてはホメホメの方を増やしたいと思う。彼は自分の生活を眺めてみて、自分が人と関わりを作ろうとしている時はホメホメが出ると気づき、当事者研究を通じて自分の困りごとは「寂しさ」だったと見えてきた。患者でいる限り語り合わない。自分を眺めて研究者になって語ることによって、別な側面が見えてくる。構造を知り語ることができるようになる。
6.翻訳についての小ネタ
野津さんの翻訳が文脈をきちんと素晴らしい。
ユダヤ人にとってのキリスト教は迫害者で、イエスはユダヤ人の改革者であり磔にされた。
絶命の前にイエスが叫んだ言葉「なぜ見捨てたのか」と同時に「彼らをお許しください」という言葉を叫んだという話だが、背景を捉えて上手に訳されている。とのこと。
ユダヤ人・ユダヤ教の伝統を知るのにキリスト教は入り口になってくれる、とかつてお話したラビも語っていた。
7.リーダーの相手
リーダーは自分自身も変わらなければいけないけれども、それをすることに誰かが伴うし、あるいはリーダーになりうる人がいれば自分が伴うことが必要
語るということ、言語というものが我々を作るという考え方がる。マルティンブーバーは「人間のうちに言葉が宿るのではなく。言葉のうちに人間が宿るのである。」と説いている。つまり、関係性がその人を作る。
例えば、会社の自分と家の自分って違う。関係性が違うから違う人間に変わる。
関係性が変わる(=言葉が変わる)と組織が変わるということ。だから対話を通じた変化って大事。
最後はいくつか質疑応答し、チェックアウト的に2-3人で話し合い、その共有をしておしまい。終わった後もみんな和気藹々と話していました。
組織やリーダーシップの課題はどこにでもある不変の課題であり悩みなんだなあと思うし、そんな課題と向き合う方にはこの本をお勧めしたいなと聴きながらかんじました。そしてまずは私が積ん読にする前に読まなければなりません。
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