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3分で読める超短編小説20 『彼女と時を編むマフラー』

はじめに

この短編小説は僕の書いた原文を元にChatGTPとClaudeに加筆修正してもらい、さらに僕自身が加筆修正をして完成したものです。文体と作風は村上春樹というプロンプトを入れました「僕 x ChatGPT/Claude x 村上春樹の文体・作風」を楽しんでいただけると嬉しいです。

『彼女と時を編むマフラー』

僕が彼女のマフラーを最初に目にしたのは、東京の冬の午後4時15分だった。その時計の針が示す時刻を僕は今でも正確に覚えている。マフラーの編み目の中に紛れ込んだ柔らかい色彩の糸は、過ぎ去った時間を編み直しているように見えた。

「素敵だね」と僕は言った。

「ありがとう」と彼女は言って、少し首を傾けた。その仕草は30年前と変わらなかった。まるでその30年という時間が、誰かのいたずらで挿入された架空の数字のようだった。

「知り合いのデザイナーの作品なの。特別なものなんだって。今日初めて身に着けてきたのよ。」

彼女はそう言って、マフラーの端を指でなぞった。その瞬間、僕の意識の中で何かが微かに震えた。それは地下深くで目覚めた何かが、ゆっくりと這い上がってくるような感覚だった。

そのマフラーは限定販売だったが、幸運なことに、同じデザイナーの作品を入手することができた。それ以来、大切なイベントでは必ずつける。理由は簡単だ。そのマフラーと恋に落ちたからだ。心理学では吊り橋効果というのがあるが、このマフラーを見たのが、彼女と30年ぶりの再会の場であったせいかもしれない。いや、たぶん、揺れる吊り橋の上でなくても恋に落ちていたろう。

♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢ 

彼女と僕は小学校と中学校の同級生だった。同じ学校で9年間を過ごしながら、ほとんど話したことはなかった。それでも、彼女の存在はいつも僕の視界の片隅にあった。覚えているのは、テニスコートで風に髪を揺らす彼女の姿。それは今でも、記憶の底に、とても眩しく、でも、ひっそりと沈んでいる。

僕たちは別々の高校に進んだ。校舎も制服も、そこを包む空気さえも異なる場所で、日々を過ごしていた。それでも、お互いの高校の文化祭では顔を合わせていた記憶がある。いや、記憶というには曖昧すぎる断片だ。彼女によると、僕たちはフォークダンスもしたらしい。僕の頭の中にはそんな映像はまったく浮かばない。もしかしたら、僕の記憶のどこか深いところに埋もれているのかもしれないが、引っ張り出す手立てがない。

大学時代にも、彼女と一緒に夜の渋谷や銀座を歩いたような気がする。街灯が長い影を引き、店のネオンがきらきらと瞬く中で歩いた記憶。その時、どんな話をしたのか、それともただ黙って歩いていたのか、何も思い出せない。ただ、あの街のざわめきと冬の夜の匂い、そして僕たちの間に流れていたやわらかい空気だけは鮮明に残っている。

けれど、奇妙なことに、一緒に歩いていたのが彼女だったのかどうか、僕には確信がない。いや、彼女自身もそうだ。「それは私だったのかな?」と彼女は言った。その声は、霧の中から届くように遠く感じられた。僕たちの記憶は、まるで薄いヴェールのように、正確さを拒み、すべてを曖昧にしていた。ひょっとすると、僕たちは記憶の中で別人になってしまったのかもしれない。そして、その曖昧さこそが、僕たちの関係を形作っていたのだ。だからこそ、その夜の渋谷や銀座の風景が、今でも僕の心の中でぼんやりと輝いているのかもしれない。どこか遠くに置き忘れた映画のワンシーンのように。

彼女とのやりとりは、僕がイギリスに留学していたときに一枚の絵葉書が最後だった。僕はその絵葉書の記憶をすっかり失っていたが、彼女は覚えていた。彼女は、僕は遠いところに行ってしまったと感じて、僕に返事を書かなかったらしい。僕たちのつながりはそこで途切れた。

♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢ 

そして、30年が経った。

ニュージーランドから5年ぶりに日本に一時帰国した僕は、親戚と食事をしていた。他愛ない雑談が続く中で、同い年のいとこが、ふと、彼女のことを口にした。いとこもまた、僕と同じ中学校に通っていたので彼女のことを知っていたし、結婚後の名前も知っていた。その瞬間、長い間埋もれていた記憶の扉に触れたような感覚で、胸の中で何かがざわめき始めた。

そして彼女に連絡を取らなくてはならないという「直感」が生まれた。何かが満ちて、あふれていくように、自然に、でも驚くほどの勢いでその想いが湧いてきたのだ。

その直感は一体どこから来たのだろう。未来から僕に送られた小さなメッセージなのか、それとも偶然に過ぎなかったのか。ただ、あの瞬間にその「直感」を感じたことは間違いない。そして、それが僕をどこに導くのかを確かめたくてたまらなかった。

彼女のフルネームをFacebookで検索するとすぐに見つかった。以前の苗字とは違うから、見知らぬ上半身と馴染みのある下半身が一体化しているようで軽い眩暈がした。「久しぶり」と短くメッセージを送る。それは、まるで過去の自分に手紙を書くような感覚だった。彼女は驚くほど早く返事をくれた。そして、僕たちは再会の時間を必死にやりくりし、ほんのわずかな時間を共有することになった。

♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢ 

再会の場は、小さなカフェだった。限られた時間の中で、僕たちは過去と現在を往復しながら会話を交わした。彼女の笑顔は僕の記憶にあるものとは違っていた。もっと柔らかくて、もっと深くて、何かを優しく包み込むような微笑みだった。

別れ際、喫茶店の前で、お互いに一瞬の躊躇もなくハグをした。ハグ、というより、彼女が僕を抱きしめてくれた。その時、彼女のマフラーが僕の頬を撫でた。その肌触りは30年という歳月の重さではなく、もっと抽象的で、もっと根源的な何かだった。過去のすべての出来事が渦を巻き、ひとつの小さな点に収束していくような感触。そして、彼女のマフラーは僕の過去、現在、そして未来を編み直す鍵となっていく。

コーヒーの香りや喧騒が、妙に遠くから響いいて、目の前の風景はどこか非現実的に感じられた。彼女は僕の肩越しにそっとささやいた。

「あなたは昔から、どこか遠くに行く人だと思ってた。」
「遠く?」僕は問い返した。
「そう、でもね、その遠さが心地よかった。あの頃は、そこに追いつくのは難しいって感じてたの。きっと若かったからね。だって、いまはそう感じないから。」

その言葉は僕の胸に静かに落ちて、深い井戸の底で波紋を広げた。
そして、彼女は続けた。
「きっとまた会うことになる。」

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それから数日後、僕はニュージーランドに戻り、日常の生活に埋もれた。だが、その日常はどこか前とは違っていた。風が吹き抜ける音や、夕暮れの光の色が、これまで以上に鮮やかで深い意味を持っていた。そして、それは彼女のマフラーと笑顔とつながっていた。

ある日の午後、僕はクローゼットからマフラーを取り出し、軽く首に巻いた。遠く離れた東京で暮らしている彼女とつながれるような気がしたからだ。そのマフラーには彼女と交わした最後の会話が織り込まれていた。そして、僕は彼女との再会が何を意味していたのかを理解した。それは、ただの過去との再接続ではなく、これからの僕の人生を形作る何かだったのだ。

僕はマフラーを丁寧に首に巻いた。それは儀式のような所作だった。右から左へ、一回転、また一回転。その動きの中で、時計の針は黙々と進んでいた。外に出ると、風が頬を撫でていった。冷たいはずの風なのに、かすかなぬくもりを感じた。まるで誰かの体温の記憶が風に紛れ込んでいるみたいに。

人生というのは、きっと巨大な迷路のようなものだ。複雑で入り組んでいて、出口なんて最初から用意されていないのかもしれない。その中で僕らは何かを探しながら歩いている。それが何なのか、明確にわかることなんて滅多にない。でも、時々、ふとした瞬間に「これだ」と思うことがある。まるで見えない手がそっと背中を押すと同時に、目の前に別の手が差し伸べられる、そんな瞬間だ。たぶん、それが「直感」と呼ばれるものなのだろう。

風は変わらず街角を巡っていた。まるでどこかの誰かに届けたい何かを運んでいるかのように。僕はその風の流れに身を任せながら、この街の迷路の中を歩き続けるだろう。耳を澄ましながら、どこかから聞こえてくるかもしれない微かな音を探して。その音は、彼女の笑顔の記憶なのかもしれないし、あるいはもっと深い何かかもしれない。でも、それもまたいい。なぜって、探すこと自体が、点と点をつなぎ、線を作り、物語を紡いでいくことなのだから。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

❤️ この短編小説は友人の中川麻里さんの投稿に刺激を受け、背中を押されて誕生しました。中川さんに心から感謝いたします。

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