ぼくはあかちゃん
ぼくはあかちゃん。
国道につながるバイパスを通って、ぎんいろのプラスチックの車でこのおうちにやってきた。
あかちゃんのくにではけっこうベテランの大工さんだったんだぜ。毎日せっせとおかしのおうちをつくってた。半分は食べちゃうからなかなか完成しないんだけどね。
あかちゃんのくにからはこの世界のことがよく見える。なかには「あのままのところにいきたいの。」ってかみさまにおねがいしてるひともいるんだけど、ぼくはそこまでこだわりなかったからけっこう長い間あかちゃんのくににいたんだ。
ある日かみさまが、「あそこのおうちはどうかな。」って言った。かなしくてもうれしくてもすぐ泣く、ちょっととんちんかんなままと、どーんとやさしそうなぱぱ。うん、ちょっとままがよわそうだからぼくくらいのやつが行ってあげたらちょうどいいかも、と思ったんだ。
おなかの中はあったかくてよかったけど、もういいかげんきゅうくつになってきて、ある晩「えーい!」って思いっきりぱんちときっくしたら、おなかのふくろにあながあいて、それでままはびょういんに行って、その日にぼくはおそとに出た。
そとの世界はとにかくあかるいことだけはわかったんだけど、なんにもみえない。しばらくしたら、ふわっとやわらかいにおいがして、となりにままがいるってわかったよ。ぱぱのこえも、おててをつないでくれたこともわかった。おなかがすいて口をぱくぱくしてみたけどなにもなくて、ちょっとないた。えーん!って言ったつもりだったのに、みー、ってしか言えなかった。なんだ。この世界ではしゃべるのも一苦労だ。
そして気づいたらおうちにいたんだ。なんでわかったかっていうと、あかちゃんのくにから見てたのと同じ気配がしたから。
ぱぱとままがぼくをだっこして、はなしかけてるのが聞こえる。でも、なんて言ってるかはわからないんだ。いちばんきもちがいいのは、ちゃぷちゃぷおふろにはいるとき。そのときだけははだかんぼになって、おなかのなかにいたときみたいにゆらゆらして居心地がいい。
あかちゃんのくにでは自由にうごけておはなしだってふつうにしてたのに、この世界ではじぶんの力でうごけないし言いたいことも言えない。だから、おなかがすいたよ、とか、ねむいからだっこ、とか、そういうときは泣くしかないんだ。とんちんかんなままはなかなかぼくのきもちに気づかないこともあるけど、わかってくれるまでがんばるよ。まあそんなもんだってわかってる。ときどき、わけもなく泣きたくなるときもあるんだ。
まいにちひかりのなかでねたり起きたりしてすごしていたら、だんだんこの世界のようすが見えるようになってきた。
ぼくがよく見ているのはおへやの上のほう。まっしろで、でもすみっこがちょっとくらいからよく見てる。ぱぱとままがだっこしてくれるとおへやがよく見えておもしろいよ。おおきなはっぱがあったり、あかるくてまぶしいまどがあったり。ときどき、しゃらしゃら音がなるおもちゃがどんって目の前に出てくることもある。まま、もうちょっといいかんじに出してよ。びっくりしちゃうよ。
このあいだ、はじめておうちからおそとにでたんだ。ずっとねてたけどね。べびーかーってきもちいいんだもん。2回目はおきてたよ。あおいおそらとはっぱがひらひらしてるのが見えた。
そういえばさいきん、ぱぱとままのこえが前よりもはっきり聞こえるようになってきたんだ。なんて言ってるかはまだわからないけど、もうすぐぼくのなまえもわかりそうな気がする。
ままがそふぁにすわってるとき、おなかの上にのるのが好きなぽじしょん。いっしょうけんめいおしゃべりすると、楽しそうに聞いてくれるの。ままはぼくがなんて言ってるかぜんぜんわかってないけど、「いっつもおっぱいだけだからおかしたべたいな。」とか「ままけっこういいやつだな。」とかてきとうに言ってる。あいかわらずとんちんかんですぐ泣くけど、ぼくのことすきなんだってことはわかるよ。だからぼくもけっこうすき。
気づいたら、あかちゃんのくにのことがあんまり思い出せなくなってた。かみさまにおしえてもらったことがある。この世界にうまれて、この世界のことを知るたびに、だんだんあかちゃんのくにのことはわすれていくんだって。だからきっとぼくはもう、ほとんどこの世界のひとになったんだ。
そういえばきのう、はじめてぼくのなまえが聞こえたよ。かっこいいなまえ。気に入っちゃった。