東京オリンピックにおける下水の奇跡
オリンピックで川がエリクサーになるとは思わなかった。なったんだから仕方がない。
１：下水と麻薬
大元の原因は、東京都の下水が雨水もそれ以外もまぜるいっしょくた方式（合流式ともいう）であり、大雨などでオーバーフローした場合、下水も何もかも全部川に流されるというファンタジックな方式だったことである。
これ自体もすでに問題視されていたが、せいぜいその時点では「世界トップクラスのアスリートを排泄物のなかで泳がせるのはどうか」という程度の懸念であって、まさかエリクサーが発生するとは真に予想外であった。
端的に言って日本は甘く見ていたのだ、オリンピックを……。
さてオリンピック当日、なんだかんだそれなりにそれは遂行された。というか政治的な理由で、学校の体育祭みたいにフランクに中止はできないやつなんだから仕方ない。ということはつまり世界中から外国人が集まるということである。もちろん麻薬も集まった。
アジア圏での厳しさからは想像できないほど、某国や某国の薬物への態度はフランクである。もちろん彼らもコカインの密輸ルートだとかは問題視するが、そこで議論されるのは基本的にインフラであって、彼らはコカインがビーガンかどうかとか、南米の川が汚染されるとかは心配するが、個人の使用者については自己責任と思っている。この辺はもう価値観の違いとしか言いようがない。彼らからすれば、道で大っぴらに飲酒したり煙草に比較的ゆるい日本のほうがおかしく、大学の試験が忙しいときにちょっとアデロールをやったり、仕事が忙しい時にちょっとコカインを吸うのは個人の勝手なのだ。
そんなわけで、東京には世界中から薬物が集まった。以下は、その推計量である。
・コカイン ８トン
・ヘロインほかオピオイド ３トン
・アンフェタミンほか覚醒剤全般 ２９トン
・LSD データなし
・ケタミンほか解離性麻酔剤 ２トン
・イボガイン １８グラム
・ベンゾジアゼピン類ほか睡眠薬 多すぎて推定不能
・大麻製品 多すぎて推定不能
・アルコール類、シンナーほか酩酊を目的とした各種溶剤 たくさん
・正体不明の娯楽用薬物と思われる物質 ２９８トン
これらが持ち込まれ、各ホテルの下水から川に流されたのである。
薬物がどのような経緯で下水に行きつくかは各径路あるが、本題から外れるので割愛する。興味のある向きはエンターザボイド（映画）でも見ながら考えましょう。
こんな風に書くと、まるで欧米人が全員薬漬けのようだが、誤解を招かぬように書くと、べつに全員ではない。かの国でも薬物使用者はまあせいぜい三人に一人くらいだ。ただ、今回オリンピックで集まったのは裕福層やマスコミ関係者が主だということが問題だ。彼らは全員やっている。裕福層がコカインをやるのは某国では常識である。かの国では、人がひと儲けしたなら、まず車、次に別荘、あとはコカインというのが相場である。向こうの金持ちパーティではロブスター・シャンパン・コカインがないということはあり得ない。これについてはウルフオブウォールストリートという映画を参照のこと。
２：下水と宇宙
さて、ようやく本題に戻れる。キャンティワインのような気分で持ち込まれた薬物が川に流れ込みまくった。これによって江戸川河口域の薬物汚染レベルは通常の五万倍ほどになった。
しかし問題はそれだけではない。上記はすべて民間レベルのことである。
それとは別に政治というか、主に諜報といったことがらがオリンピックに関係した。結論から言うと、東京はスパイ博覧会と化した。
もともと日本は外交の中でも、諜報のレベルが低く、とくに防諜に関する意識の低さが今でもたびたび指摘される（指摘されるだけで何一つ解決していない）わけだが、そんな国でオリンピックをやるとなればどうか、これほど簡単にスパイを移動させられる手段もあるまい。完全にザルである。そんなわけで、東京オリンピックには世界中のスパイがそれぞれの思惑で集結した。
もちろん、エージェントを仕向けるのは日本の仮想敵国にかぎらない。アメリカだって常に日本を表から裏から監視している。また、国ばかりではなく各国の個別のセクターや団体もそれぞれ独自の諜報部隊を持っている。それから、すでに人類と秘密裏に接触を確立している異星人や異次元知性体もスパイを送りこんでくる。
そして当たり前だが、スパイは本体のみで来るわけではない。むきエビの輸入とはわけが違う。彼らはあらゆる目的のためにあらゆる機材や薬品を持ち込んでくる。
そんなわけで、東京には世界中から得体の知れない物体が集まった。以下は、その推計量である。実際にはこの五倍はあるかもしれない。
・機密情報が書かれた水に溶ける紙 ２トン
・自白剤、記憶処理剤 ４５トン
・マイクロチップ、ナノマシンなど ２３トン
・極めて高度なプラスチック １３トン
・何らかの触媒 ３４トン
・なんだかわからないマシン ４５３機
・武器？ １２２３丁
・遺伝子組み換えされた生物のサンプル ３４２体
・正体不明の高度に精製された高分子サンプル ８０個
・細菌兵器 ２５個
・反物質 ２個
・重力操作モジュール ５個
・放射性物質 多すぎて計測不能
・小型常温核変換炉の設計図 ひとつ
・ポータル生成器 ２個
・現在の生物学において未知の生物 ２８９０匹
・クァンタムハーモナイザ― 一機
・光子レゾナンスチャンパー 一機
・ロシア系の男性と思われる生きた脳 一個
・著名な人物の頭部すべての原子配列のデータ ２４名分
・オニュモロ星人の要注意人物資料 ２星人分
・パルパル星人の要注意知性クラスターインターフェースの資料 ３体分
・X次元知性体の機密情報の三次元投影体 計数不能
・正体不明の軟体生物 １ビン
これらすべてが川に流された。
ああうん。下水に流されたのである。
そうなの。
ヤバいブツを下水に流して証拠隠滅するというのは、全人類に共通の性質であり、各国のスパイはスパイ合戦の最中なんでもかんでも下水に流した。
それどころか、異星人のエージェントですら、その行動を律義にも真似て、地球上に存在するといろいろマズい物体を下水に流した。彼らは未知のテクノロジーで、明らかに下水の径よりもでかい機械までトイレで流せたから、もうすごい。
そして、すごいことになった。
３：下水と奇跡
江戸川の河口域が、潮汐の変わり目でほぼ止水になるとき、それは起こった。まず水は強いピンク色の光を放った。
発光が収まると、粘性が増したように見える川水から、全長５メートルを超える全裸でひげ面のロシア人と思しき男が立ちあがり、何か発言しようとしてその体を崩壊させる事象が３４回繰り返された。
その後、川の水面が幾何学的な凹凸の形に変形し、静止した。静止は１３分続き、その場にいた全員が心停止した。
その後、周辺の空間が変質し、光の波長がすべて赤方偏移したように見える現象が続いた。川の各地で水蒸気爆発が散発し土砂を巻き上げた。その後、川の温度は６００度となりその温度のままガラス化。
この時点で記録機器はすべて使用不可能になった。その場にいた人間は全員死亡と思われる。また監視衛星が未知の飛行物体によりすべて撃墜されたその後、かつて江戸川だった区域はすべて封鎖されることになる。
完全に国家レベルの機密となっており、住民は全員強制退去させられた。公式にはテロ集団が秘密裏に建設していた化学工場の爆発だと説明されているが、そのカバーストーリーを信じている者はいない。たかがそんな爆発で、米軍が全住民を拉致同然に強制退去させるはずがない。ちなみに退去に逆らった住民は容赦なく足を撃たれた。
ある市民団体が、江戸川河口域から強い放射線が出ていることを報告した。また、重元素や超ウラン元素で周辺一帯が強く汚染されていると報告した。そのサイトは二時間で関連する記述の総てとともに消え、市民団体の全員が行方不明となった。
江戸川周辺では、正体不明の新種が毎日のように見つかっている。突然変異というレベルではなく完全に新種である。見つかった新種は以下
・胸ほどもあるトンボの死骸
・鮮紅色の光合成色素を持つ藍藻
・鮮黄色の光合成色素を持つチガヤに似た植物
・体長三センチの歩行鳥類
・発光するイナゴに似た生き物。肉食性。群集性。卵管が変形した毒腺と、頭部に黄金色の突起を持つ。
・絶叫する穴
また江戸川周辺では、爆発時に飛び散った残骸から毎日のように未知の物質が発見されている。これらのエキゾチック物質は発見しだい、自衛官に没収される。
・赤色光を緑色光までアップコンバージョンする結晶体
・放射性物質に近づけるとその崩壊を千倍近く早める装置
・常温超電導を示すゲル状物質
・原理不明の吸熱と放電を繰り返す金属複合体
４：下水と俺たち
現在、東京徒全域に戒厳令が敷かれ、自衛隊が警察権を持っている。法案は、事件の翌日に議論され、ほぼ満場一致で可決された。主要関係国の首脳が、この都知事の素早い決断に全面的な支持を表明した。また米国の大企業から多額の義援金が東京都に送られた。この異常としか言いようのない政治の理由は不明だ。疑問を書くだけでマークされる。
周辺住民の健康被害についてだが……いや、健康被害と言っていいのか？ 東京周辺の住民に多数のミュータント的変異が起こっている。
すべてはとても書ききれないが、よくあった症状をいくらか列挙しよう。これでこの報告を終わる。
東京都民に発現した症状
・テロメアの異常な伸長
・常人の３倍から２５倍ほどの再生速度（東京都により三倍以下は正常と規定）
・不老化
・紫外線、赤外線の視認
・サイコキネシス
・複数体での自意識同調
・光合成
・放射線、高温、凍結、電気などの耐性（東京都はこれを健康被害と認めていない）
・予知
・処女懐胎（男性含む）
・全疾病（老化含む）の治癒（東京都はこれを健康被害と認めていない）
・自在に操れる触手の追加
・モニタや入力機器を用いない機械操作
・テレポート
・元素の選択的な抽出
・頭上に多椀を持つ黄金色の人物が現れ、本人への害を総て防ぐ
・後頭部に光る輪が現れ、急速に信仰心が増大、信仰心は周囲へ伝搬する
・聖痕、聖痕に接触した全人物の疾病は治癒する
・片手で接触した物質の完全なコピーがもう一方の手に出現
・周辺の総ての人間が急速なストレスとトラウマを発症
・四肢を日本において寺院を現す型に曲げると、飛行が可能
・炎で構成される肉体と、他人の願いを三つまで叶える能力
・夜間、頭部が飛行する夢遊病
・牛肉に接触すると、牛肉が人面の瘢痕を作り、災害を予言する。牛肉はその後急速に腐敗
・56億7千万年後に再び現れ、そのとき地上にいる全生命を救済すると宣言し、消失