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【読書日記】卵の緒/瀬尾まいこ
20年近くぶりに再購入して読み返してみました。瀬尾まいこのデビュー作。
自分は捨て子なのではないかと疑う主人公の少年が自分のルーツを知るまでを、主人公の視点でとにかく淡々と語られていく物語でございます。これがほんとに淡々としていて、あるワンシーンを除いて感情の起伏がほとんどないんだが、この主人公がとにかくひじょーに素直で良い子なんである。思いやりがあり、聡明。よく気が付き、自立していて、礼儀正しい。だけではなく、年相応のかわいらしさや無邪気さも実装されており、イメージといたしましては、わたしの二大理想少年であるポニョのそうすけと、クリストファーロビンのちょうど中間くらいの少年像。実にちょうど良い。それがちょうど良すぎる主人公の少年、育生くんです。落ち着いた人の頭の中ってこうなってんだな、って小学生の語りにうむうむと感心してしまう。見習わなければ。
そして、主人公の目線をとおして描かれる母の愛がこれまたまったく揺らぎのないストレートでひたすらあたたかい。言動のすべてに愛がある。あれもこれも愛。それも愛。ああこの母の太陽のような愛が燦々と降り注いで、育生はまっすぐすくすくとそだったのよね、と気づけば親戚のおばさんのように目を細めているわたし。この親子はそうすけとリサ(崖の上のポニョ参照)のイメージと一致するな。このシングルマザーの愛がそれはそれは健全で、愛しているのだからそれだけで大丈夫なのだという自信に満ちている。ほかに何か問題でもあるとあるのかと問われたら、いや、ない!と即答せざるを得ない清々しい母。素直な良い子と、明るく気持ちの良い母の規則正しい日常が描かれていく先に明らかになる主人公のルーツがそれなりに特殊だからって、確かになんの問題もないよなと思わせてくれる。それなりに特殊なルーツをカバーできるほどのはなまる親子、そしてそれに相応な母の恋人。これと同時並行で走る主人公の不登校の同級生も、これまた健康で健全で学ぶべきことは学び、交友関係も良好で、ただ学校に行かないだけで何の問題があるっていうんだ。なあそうだろ?
一般的な状況に当てはまらなくなって、そのことが本人の価値を左右するわけじゃないもんな、と思ってそして、はっとする。なかなかプラスには捉えられない状況と人物像を分離させるには、このくらい圧倒的な清さと正しさを示さなくてはならないのだろうか。
一点の曇りもなく、ただ清く、善人で、健全で、優しく、慈悲に溢れ、真っ直ぐで気持ちの良い尊重されるべき生き物なのだと幾重にも幾重にも重ねて、重ねて、積み重ねて証明しないと、いわゆるふつうのひとたちと同じ土俵には乗せてもらえない。のかもしれない。
生い茂るような感動と微笑ましさのそのずっと奥に、ゆらめく土俵のカゲロウをみてしまう。いやはやそれにしても、すばらしい彼らの幸せを願わずにはいられないのですが。