駐在妻。帰国子女を連れての帰国には、楽しい話の一つくらいはできた方がよいと思う話
こんにちは。
11月になり、ぐっと寒くなりました。早くもクリスマスイルミネーションの飾りつけが始まって、寒いですがちょっとワクワクする季節です。
そんな中、来年度9月の新学期に向け、子供達の学校からは更新手続きの案内が届きました。期限は年明け1月末です。
新学期始まったばかりなのに、もう来年度の話。。
そんな訳で、インターにいっていると、来夏には帰るとか引っ越すという話が出始めてきます。
もし他の街や国に引っ越すならば、早く新しい学校を見つけて学校の空き状況を確認しなければらならいからです。
人気の街だと、インターがいっぱいで入れないということもあるので、早く動けるなら動いた方がいいですね。
実際私たちも、子供たちの学校の空きがなく、夫が電話したり、学校訪問したり、前金を先に入れたりと色々と大変でした。
引っ越してすぐだったので、EURの口座にはすぐ出せるお金もなく、、
まだ家族の引っ越し手続き前だったので、会社に借りるわけにもいかず、
日本から送金したりもしました。
我が家は来年は、どうなるのかなぁ。
1度目の本帰国は、上の子がちょうど小学校入学のタイミングでした。
公立の小学校に通い始めて、1か月くらいたったころ、避難経路確認のため同じ登校班の人達と町内を回ることがありました。
帰り際に、あるお母さんからちょっといい?と声をかけられました。
「〇〇ちゃん(うちの娘・小1)が、班長さん(小6)のこと下の名前で呼んでるよ。」
ひかりちゃん(仮名)という班長さんにむかって、
「ひかり!」
と普通に呼び捨てしていたそうです。
(色々気を付けていたつもりでしたが、「娘よ。そー来たか!と思ったのでした」)
お分かりかと思いますが、海外だと先生も名前で呼ぶのが普通。
欧米圏ではない台湾帰りでしたが、台湾人はミドルネームをみんなもっているので、漢字の名前とは別に「キャサリン」とか「ジュリエット」とか、
カタカナの名前で呼ぶことがありました。
日本人が半分いる幼稚園ではありましたが、子供達を呼ぶときも同じく、名前に「ちゃん、くん」などの敬称を付けて呼ぶことはほぼなかったのです。
教えてくれた方もアジア圏から帰国された方だったので、すぐに気が付いたようで、ひかりちゃんのお母さんやひかりちゃんにもすぐにフォローをいれてくれていたよう。。(あー、あの方には感謝しかないです)
しかし、言われたひかりちゃん本人、そしてそれを聞いていた周りの子供たちは、かなりびっくりだったようです。お行儀の良い日本の子供たち。
こうやって帰国早々にご近所で、異文化の扉を開いた我が子です。
その後も色々ありましたが、最近は笑い話になっています
まるで黒船来航です。
日本に帰る帰国子女は、まわりの子供や学校の先生、保護者に少なからず小さな衝撃をもたらします。
年々、国際化、多様化への理解から、その衝撃度合いは減ってきているようには思います。
小さな黒船たちを、笑って受け入れてくれるコミュニティー。
これをまわりに広げて行くことが帰国子女を連れて帰る親の役割なのかな。
帰国後の最初の保護者会などでは、私ははっきり帰国であることを伝えるようにしています。
関係する子供達のお友達にも話せる機会があれば、親御さんが一緒にいる場面などで、みんなに聞こえるように言うようにしています。
初めましての日本人の集団に向かって話すことは、緊張するし、変な顔で見られることもたくさんありました。
緊張しすぎて何を話したか覚えてないこともあります。
泣きそうになってしまったこともあります。
でも、子供も頑張っているので、帰国の話をする場面で、いかに面白く、楽しく、こんな世界もあるんだよ~と、理解してもらえるようにするにはどうやって話そうかなと、いつも考えいます。
赴任先から帰国後の日本社会へ溶け込む橋を架ける作業。
引っ越しが多いと、しゃべることの小さな技を知らないうちに鍛えている気がします。
先日、TBSの安住紳一郎さんのポッドキャストを聴きました。話が面白い人っていいですね。周りが楽しい気持ちになるので。安住さんを見習って、雑学をたくさん身につけて、話の引き出しを増やしたいなと思うこの頃です。
今日も読んでいただきありがとうございます。
素敵な週末をお過ごしください。
では、また^^
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