煩悩を刺激するもの
ある日射しの強い午後、真夏の境内に立ってみた。
生い茂る木々のあちらこちらから、煩悩さえも打ち消すような蝉の声が聞こえてくる。
その音は、潜在意識の中まで忍び込むような大音量だ。
蝉が鳴くのは、パートナーへの求愛行為と昔耳にしたことがある。
自分の身体の何倍もするような鳴き声を、振り絞るように出しているそのようすは、自分をちょっと物悲しい気持ちにまでする。
短い期間を一生懸命生きているようにも思える。
初めはウルサいと感じていたその声は、ある一定の時間を過ぎると、感覚をある種のトランス状態に持っていく。違う小宇宙にワープするように。
境内の青々とした木々は、光に包まれたどこか別の場所に進化し、浮遊している感じまでしてくる。静かな誰もいない場所のようだ。
自然のなかにもたくさんのミステリーが、心を澄まして見ようとする者にはたくさん見えてくる。
昨今流行のスマホで、見えない怪物をスクリーンの中で見つけ出すのもいいが、脳を全開すると、もっと興しろいものが溢れてくることがある。
帰りの駅で真夜中までスマホを片手にたむろする人々の隣を通り過ぎながら、そっとそんなことを思って家路についた。