Mayumi B
人魚姫をベースにしたせつない話です。
親切心ではじめたボランティアが、いつの間にか自分の空虚の穴をうめるものになっていた。
「あるところに、主人からとても可愛がられている熱帯魚がいました。最初は、他の魚たちと一緒に、大きな庭にある池で泳いでいました。しかし、冬が近づいてくると、主人は自分のお気に入りの熱帯魚をそっとすくい、大きな金魚鉢に一匹だけ入れて、自分の部屋で飼うことにしました。 主人は、その小さな生き物を大変可愛がり、毎日話しかけました。主人から可愛がられている熱帯魚も、主人のことを大好きでした。できれば主人と同じ人間になって、話をしたいと思うようになりました。 ある日、真っ白い顔を
ある日、龍太郎の独身最後の祝いとして、玉ノ井で祝いが行われることになった。 龍太郎の男友だちが大勢集まり、吉野も座敷に呼ばれることになった。 吉野は、色とりどりの熱帯魚が染められている着物を羽織り、座席に着いた。食べきれないぐらいの料理が次々に運ばれ、楽しげな三味線や華やかに女たちが舞う宴のなかで、酒もどんどんと消費されて行った。 宴の中ごろ、龍太郎は吉野を自分の隣に呼んだ。二人の視線は絡み、ものを言わずとも互いに惹かれあっているのは、他のものにも手に取るよ
二人が溶け合った後、甘い眠りを貪り、数時間後に吉野が先に目を覚ました。 吉野は、龍太郎の寝顔を愛おし気な表情で眺めた。懐かしい気持ちがついつい浮かんでくる。そっとその額に触れようとしたときに、男の目はゆっくりと花が咲くように開いた。吉野は、やんわりと微笑み、龍太郎の唇を優しく撫でた。龍太郎はゆっくりと起き上がると、吉野と唇を合わせた。 「あなたと一緒にいたい、ずっと」 唇が自由になると、吉野は溜め息をつくように呟いた。龍太郎は何も言わず、頷いた。そして必ず戻ると約
部屋全体は薄暗く、行灯の炎がゆらりゆらりと蠢いていた。熱帯魚の影も障子に大きくゆらめいている。遠くからは、三味線や男と女の笑い声が薄っすらと聞こえてくる。緩やかであるが音と鮮やかな色彩の洪水のなかで、龍太郎は、なぜか心が休まった。吉野になら隠し事をせず、何でも話し尽くしてしまいそうだった。 龍太郎は、夜の帳が下りたもとでその空気を呑み込むように一呼吸し、先を続けた。 「親父は、その時、なぜか今までになく気弱になっていて、俺に後をすぐにでも継いで欲しいことを口にした。た
暫く杯を重ね、雑談をした後、龍太郎は「人生には色々な時期というものがあるものだ」とふと呟いた。吉野は何も言わず、相手の眼を見つめて頷いた。そして、「そろそろ二人でお話でもしましょうか」と誘いを掛けた。今度は、龍太郎が静かに頷いた。 二人は吉野の部屋に場を移した。 部屋に一歩入ると、挑発的な色をした寝床がまるで次を促すようにそこにあった。部屋の中は、白檀の甘い匂いが漂っている。寝床の横には、大きな金魚鉢が置いてあり、一匹の熱帯魚が、物憂げな様子でゆっくりと泳いでいる。
その夜、自分が一番お気に入りの橙色に艶やかな空色の襟回りの着物を着流して、吉野は龍太郎の座敷に少し遅れて入っていった。既にちょびちょびと他の女たちに酌をしてもらい、龍太郎は杯を進めていた。 「遅くなってしまって、すみません」 座敷の入り口で三つ指を付き、吉野は優雅に挨拶をした。 「そんなことはどうでもいい、早うこっちへ来い」 冷静な態度で、龍太郎は自分の隣の席に座るように促した。今まで隣に座っていた女は用なしになり、しずしずと下がっていく。それぐらい、龍太郎の物
男の名は、井沢龍太郎といった。家が裕福な商いを行っていたので、金には幼いころから不自由したことがなかった。仲間に連れられて、早い時期から遊郭通いをするようになった。 財力があるだけでなく龍太郎は、いつも流行の柄をぞろりと着流しており、歌舞伎役者なら必ず看板役者になれるぐらいの人の目を引くような男前だった。すっきりとした鼻筋に切れ長の目。龍太郎が通ると、振り返る女たちは多かった。 龍太郎は、つどつど玉ノ井ののれんをくぐるが、座敷で酒を飲んだり、女たちと話をしたりするだ
まるでそこは、深海で鮮やかな熱帯魚が乱舞しているように、色彩に溢れている。ひらひらと女たちが手を振り客引きをするようすは、熱帯魚たちが自由を謳歌しながら泳ぎ回っているように見える。 女たちは深紅、青、紫など艶やかな色にくっきりとした花や鳥などが描かれている着物を、襟足を大きく開いて気崩している。襟足から覗く白いうなじからは、ふくよかな女の色香が放たれている。 鳥籠のなかの女たちは、ゆらりゆらりと海底でゆれる海藻のようにたゆたっている。しかしよく見ると、ぷくぷくと沸き
家の近所に小さな物件がある。店の大きさは3畳ぐらいだろうか。 駅から近いし、以前使っていた人が今風に可愛くリノベーションしたので、見栄えはいい。しかし、そこで商売をはじめた人はなぜか半年ほどで店じまいをする。 時にはシューズリペアの店だったり、北欧の雑貨屋さんだったりと職種も広い。それなのに、店はなかなか長続きしない。 不景気だから、と言われるかもしれないが、他の店はそんなにすぐに潰れないで長く続いている。 他の場所でも、その特定の店だけコロコロ変わるというのがあ
甘いものが嫌いな人は例外だと思いますが、多くの人がストレスを感じると甘いものを食べたくなります。 アルコールにはしって、次の日に二日酔いで後悔するか、デザートの食べ過ぎで体重計に乗って後悔するかは、本人の決断に任せますが。。。 少なくともスイーツなら頭痛に悩ませることはないですね。 ところで、面白いというか万国共通というか、英語でストレス満開というときに、Stressed outなんていいます。 このStressedを反対から書くとDesserts。 なんということ
ある日射しの強い午後、真夏の境内に立ってみた。 生い茂る木々のあちらこちらから、煩悩さえも打ち消すような蝉の声が聞こえてくる。 その音は、潜在意識の中まで忍び込むような大音量だ。 蝉が鳴くのは、パートナーへの求愛行為と昔耳にしたことがある。 自分の身体の何倍もするような鳴き声を、振り絞るように出しているそのようすは、自分をちょっと物悲しい気持ちにまでする。 短い期間を一生懸命生きているようにも思える。 初めはウルサいと感じていたその声は、ある一定の時間を過ぎると、