かっこ悪い「自由」だって、いいじゃないか。
ふと思い立って、人生で1番短く髪を切った。
高校生の頃、バレー部の顧問に「短くしろ」と言われる度に反発していたあの頃の私が見たら驚くかな。けど、あの頃も別に短くするのが嫌だったわけじゃない。「強要される」という自由のなさが嫌だったんだ。
自分で言うのもあれだけど、中性的な顔立ちと部活の顧問にさえ食ってかかるような気の強さが相まって、短い髪は似合うほうだと思う。
現にこの髪型にしてから何度も「似合ってる」「似合う人はいいな」そんなな言葉をたくさんもらった。とは言え、そうやって声を掛けられる度、そう言ってもらえることは嬉しいのだけど、どこか居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
それはたぶん、ほめられてどう反応すればいいのかわからないという気まずさもあるのだと思う。
けど、それ以上に、私が感じていたのは、周囲が見ている「私」と実際の「私」が違いすぎて、その想いに応えられない申し訳なさというか、応えなきゃいけないプレッシャーに近いものだったと思う。
「ショートカットの似合う、強くて、かっこいい人」
髪を切る度、周囲から向けられるそんな視線に、いつもいたたまれなくなる。だったら切らなければいいのだけれど、ついつい切りたくなって、切ってしまうのだから、たちが悪い。
私が髪を短くするのは「強くて、かっこいい人」に憧れているからなのかもしれない。
周囲に言われるがまま、自分がそういう人間だと思い込んでいた時期もあった。黒が好きなのも、気が強いのも、もともとそうだったのかもしれないし、そう思い込んできたからなのかもしれない。
短い髪が似合って、黒が好きて、気が強い。
けど、私はちっとも強くないし、かっこよくもない。
他人からの見え方をいつも気にしてしまうし、
些細なことが気になってしまう。
失敗したり、怒られるのが怖い。
そんなんだから
制限の多い正社員という働き方ができない。
強くて、かっこいいから「自由」を求めるんじゃない。
本当の私は弱くて、
どうしようもないくらい繊細で
みんなと同じようにできないことが
多すぎるから。だから、
そんな自分を守るために、必死で「自由」を求めてる。
かっこ悪いけど、
それが私にとっての「自由」であり、
それが「私」の生き方なんだと思う。
私は「私」のまま、幸せになりたい。
だからいつか、
そんな自分の生き方に胸を張って、言えるようになりたい。
『かっこ悪い「自由」だって、いいじゃないか』
そう胸を張って言えるようになった時、
私はどんな髪型をしているだろう。
ショート、金髪。それとも、黒髪ロングかもしれない。
たかが髪型。されど髪型。
印象の大半を占めるそれは、時に自分の背中を押してくれたり、気持ちを切り替えてくれたりする。けど、だからこそ、振り回されたりもする。
自分じゃない誰かからの印象に
振り回される生き方は、もうやめにしよう。
私は、人生で1番短い髪の私にそう、語りかけた。