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ジャングルの中で生活して感じた事 #20

私の生まれは限りなく埼玉に近い東京、板橋区。

都心ですというには微妙な場所だが、一応東京出身である。

母親も板橋区出身で父親は北海道だが、赤ちゃんの頃と大人になってから一回行ったくらいで、夏休みに田舎の祖父母の家に泊まるなどの体験はした事がない。

それもあって、小学生の頃は夏休みや冬休み明けに田舎に行ってきた話をする子に憧れたりした。

沖縄と北海道が田舎だと聞いたもんなら、東京から遠ければ遠いほど不思議と羨ましく感じる。

一度でいいからそんな体験してみたいとは思っていたが、まさかジャングルに囲まれる生活するとは思わなかった。

スリランカに半年滞在してたと話すと大概知ってる人は、スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテでしょと言われる。

4年程前だろうか。

私はスリランカという国に半年滞在していたことがある。

スリランカに居たと話すと知ってる人はスリ・ジャヤワルダナプラ・コッテでしょと大体ドヤ顔で言うが(何故か男の人が多い)

大半がスリランカってどこ?と知らない人の方が多いと思う。

インドの下にある涙の形をした島国がスリランカ である。

インド亜大陸の南東に浮かぶスリランカは、「光り輝く島」いう意味があり、その自然の豊かさから「インド洋 の宝石」や「インド洋 の真珠」とも、またその歴史の悲しさから「インド洋の涙」とも呼ばれている。

スリランカの前はセイロン島という名前で、セイロンティーは聞いたことある方が多いのではないだろうか。

そんな、自然豊かな島国にふとした事から日本語学校の教師の手伝いをしてくれないかという話しが来た。

海外で働くのが夢だった私は、持ち物全てを捨てて半年スリランカに滞在する事になったが、食べ物で鬱になりそうになる。

やっぱスリランカってインド圏だし、毎日カレー食べるの?

これは帰ってきた時に毎日のように聞かれていたナンバーワンの質問である。

答えは、毎日ではなく毎食カレーだよ!!で、ある。

先に言っておくが、私は毎日カレーを食べても平気なくらいインド系のカレーは大好きだし、辛いのも中本の蒙古タンメンを中学生の頃から食べてきた。(地元に中本の本店がある為)

では何故、私が食べ物で鬱になりそうになったか。

塩の量が想像の3倍くらい入っているのだ。

拒否反応が出るくらい塩や砂糖、スパイス全てが殺し合いである。

アボカドに大量の砂糖をかけられてデザート的なノリで出された時は絶望的だった。

しかし、私はスリランカに来たのだ。

剛に入れば剛に従え精神が勝り、私は思い切って食べてみた。

不味い。不味すぎる。

悶絶しているとホームステイ先の同い年の娘さんは、私をみて爆笑していた。

その他にもマンゴーやフルーツに大量のチリをかけたり、とにかく全てにおいてふりかけのようにチリをかけるのだ。

流石のスパイス好きの私でも、常にノーソルト、ノーシュガー、ノーチリ!!と毎回お願いしていた。

ただ、素材は素晴らしい食べ物がたくさんあり、塩気さえ調節すれば、特にマグロカレーは絶品である。

そんな私が食べ物鬱の中していた対策は、YouTubeでギャル曽根の大食いをひたすら見ることだった。

人生であんなに大食い選手に感謝した事はない。

暮らしてみると旅行では見えない風景が見えてくる。

スリランカはシンハラ人とタミル人の2つの民族がいて、十数年前まで内戦があった。

そんな昔の話ではないし、まだいがみ合ってるのかなと思いきや、「彼らにとってもこの国は母国だから」とホームステイ先のお母さんが言ってたセリフに感動した。

スリランカ民主社会主義共和国は、シンハラ人(74%、主に仏教)やタミル人(18%、主にヒンドゥー教)、スリランカ・ムーア人など約2,000万人が住む多民族国家です。

シンハラ人の大半が仏教徒であると言われていて、非常に熱心な信者が多い。

実際はクリスチャンやムスリムも増えてきてると思うが、彼らも特別なお祝いの時などはお寺に行ったりお坊さんを呼ぶ習慣がある。

また、イギリスの植民地だったのもあり、クリスマスの時期はクリスマスツリーを飾ったり、スーパーの店員はサンタの帽子を被ったりする。

ここら辺の他カルチャーを受け入れる感じが日本に共通してるところを感じる。

特に宗教に詳しいわけでもないし、自分自身は無宗教者だが、今までなかった母国愛や自然と自分の中にある仏教の心にハッと気づかされる事があった。

ただ、仏教というか神道のが根付いてるのかもしれない。

ここら辺の説明がスリランカ人にするのが難しかった。

最初は仕事で一応行ったので、適当すぎてイライラしたり、リアル田舎に泊まろうな生活だったので

「どこ行くの?」とホームステイ先のファミリーに聞かれすぎて、ほっといて〜!!とイライラしたり、戸惑う事が多かった。

どんな時も「それでいいのだ」となんだか許してくれる優しい国である。

スリランカ人はお金がなくても、自分がやりたくない事はやらない。

悪く言えばハングリー精神はインド人やネパール人と比べると余り無いように感じる。

自分のやりたくない仕事は平気で断るし、親戚でお金持ってる人に借りたり、横の繋がりが強い。

これはアジア全般に言えるが、インド周辺の中でも生活水準は高く、のほほんとしている。

そこで、これから自分は何がしたいんだろうとか考える事が何度もあったが、風で遊ぶスリランカ人を見て、考えるより風が気持ちいいなぁと感じることの大切さに気づいたのだ。

東京に住んでいると感じる虚しさや孤独は、自然の中では感じない。感じるのは風や臭いや気配である。

もしも願いが叶うなら、やっぱり見たことのない世界にまた行きたい。

見知らぬ自然の土地は五感を満たし、想像力を掻き立てる。

もし、暫く海外に行けなくても少し公園に行って風を感じるだけで、「それでいいのだ」と自分が感じようとすれば感じれるのだ。

そんなジャングルのような自然の中の暮らしで感じさせてくれた事が、コロナ禍で再び思い出せたような気がする。


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