W杯のパブリックビューイングで、一人ブブゼラに立ち向かった話
サッカーコスタリカ戦、大変残念でした。
先日お伝えしての通り、私はその日、高安という力士が初優勝を賭けて闘う様とコスタリカ戦をハシゴしました。どちらも歓喜の瞬間と希望しか見えていませんでした。
しかし、結果はどちらも惨敗。
怒る気力も無ければ激しい感情をあらわにするだけの体力も残されていませんでした。そんな私に出来ることはツイッターで少しばかりコメントを残すことと、そして風呂に入ることだけでした。
42歳になって、自分とは全く別のところの話でこんなに惨めな想いをするとは。自分の中にそういう喜怒哀楽の感情が残されていたことにも驚きましたが、何より期待していた結果が何一つ得られず、想定可能な範囲で最悪な結果を共に引き寄せてしまったことに驚きました。
流石に朝4時に起き、次のスペイン戦を観る気力は今のところ残されていません。あれから二日が経過しましたがあの時のダメージは体に刻み込まれており、精神的にも肉体的にも重いものを残しています。
ヤフーニュースも、スポーツナビも、次の大きなニュースまでは見たくありません。どうせ海外メディアが酷評しているだの、サッカーのOBが「ああすればよかった」だの、あの時の感情をフラッシュバックさせたくないのですよこちらは。
さて。
私に今まだこのような沸き立つパッションが残っていることに驚きましたが、考えてみると私も結構日本代表の試合の時にクレイジーなことをしていたんですよね。
もうあれも12年前のことになりました。
南アフリカのワールドカップの時のことです。
30を目前に控え、でも気持ちは20歳の頃と全く変わらないので、何かがあるととにかくはしゃいで、予想外のことをすることが楽しくて仕方なかったんですよ。
だからね。
最近渋谷のスクランブル交差点でハロウィンとかに騒いでいる若い人たちを見ると本当にムカつくのは、彼らが騒いでいるからではないんです。
つまんない騒ぎ方をしていること。
そこなんです。
あの時日本は殆ど期待されていなかったのですが、カメルーン戦で1点を守り切って勝利し、オランダには敗れて運命の第三戦を迎えました。
ちょうどあの日、私は夜勤明けだったんですよね。
あのくらいの頃からパブリックビューイングが定着してきていたのですが、これはもう、多くの人と分かち合いたいと思い、新宿某所のクラブだったと思うのですが400人規模の会場にまだ空きがあったので予約を入れました。
ただね。
何かが欲しいんですよ。
近々お話ししようと思いますが、私には誰がどう見てもネタになるサッカー関係のシャツがありまして、それを着ていくのは確定としてももう一つ何かが欲しい。
その4年前に作ったものなので、それだけでは芸が無い。
どうせねああいうところに行くと、リアルな馬のマスクとか大仏のマスクとか、あとはトリコロールのアフロヘアーとか、やっつけで東急ハンズかドン・キホーテで買ってきたパーティグッズを面白げに身に付けている連中が騒いでいるんです。
こんな奴らを、私は圧倒したいんですよ。
ということで、私は色々と考えました。
パッと思いついたのは、ブブゼラでした。
覚えている方も居るかもしれませんが、南アフリカ大会ではとんでもない音を出す「ブブゼラ」と呼ばれるものが現地ではけたたましく吹かれていました。
あれがあれば面白い。
ただ、今夜の観戦には間に合うまい。
そもそも南アフリカであれだけ多用されているものを新宿でブーブー吹いたところで馬のマスクと大差は無いです。発想力という点で考えると五十歩百歩。カレーと(自主規制)程度の違いしかないわけですよ。
これは、一ひねり必要だ。
ふと入った府中の伊勢丹で、私は思いつきました。
よし、これだ。
その日の晩の確か4時、試合は早朝とも言えるような時間帯だったのですが、私は例のシャツと秘密兵器を手にしてクラブに繰り出していました。
まぁ予想通りと言えますが、中にはガチめのサポーターと、調子いい兄ちゃんが大挙していまして、サポーターは恐らくどこかのクラブでも応援を取り仕切っているのか、かなり手慣れた様子だったですが、煽り方がとにかくうまいんですよ。
スタジアムになど足を運んだことのないこちらでも、大体しきたりが分かるような感じで応援を誘導してくれるんです。
太鼓を叩き、コールリーダーと呼ばれる人たちに合わせて大久保嘉人などの替え歌を皆で歌う。これは気持ちいいものだ。
そして裏からブブゼラの音がしてきた。
会場は笑いが止まらないようだ。
流石に一人くらいは居たか。
だが、そっちがそれを出してくれるとこっちは非常に助かる。
ブーブーあちらさんがやる中で私は一人ニヤついていました。
一通りブブゼラタイムが終わったところで私は秘密兵器を投入した。
そう。
縦笛、である。
南アフリカの楽器なのか楽器じゃないのかよく分からないのですが、そっちが南アフリカ流儀で来るのであれば、私は戦後日本を象徴する楽器である縦笛、リコーダーをおもむろに出しました。
ちなみに伊勢丹では1500円で販売されていました。
非常にリーズナブルなもんです。
近くの外国人が面白そうに眺めている。
「ヘイお前、そいつはなんだ?」
と聞いてきたので当然私は
「コイツはジャパニーズ・ブブゼラだぜ」
と言い放ち、10分くらい自宅でギリギリ騒音にならない程度の音量で練習した「オーバモニーポーン!」という例の評判の悪い応援歌を奏でました。
オーバモニーポーン!
ニーポン、ニーポン、ニーポーン!
ぎこちなく、そして細い縦笛の音色が、音楽室ではなく夜のクラブに響き渡る。
何故かシンとなる。
…下手だからか?
…場違いだったからか?
その後、ビックリするようなことが起きたんですよ。
オーバモニーポーン!
ニーポン、ニーポン、ニーポーン!
近くのサポーターたちが、私の奏でる超ぎこちない音色に続いて猛然と歌い始めたんです。太鼓を叩き、縦笛に合わせてブブゼラが鳴り、400人が試合前から完全に出来上がっているんですよ。
そして、何故か先導しているのは私の縦笛、リコーダーです。
どうやら私のヘタクソな音色が、クラブを完全にロックしてしまっている。嘘のような話なんですけど、あの時新宿某所に居た400人の誰かが「ブブゼラではなく縦笛でロックした変なやつが居た」と証言してもらえたらと思いますが、恐らく誰も名乗り出ないでしょう。
結局あの晩私は何度あの音色を奏でたことだろうか。
吹きすぎて最後の方はアレンジまで加える始末でした。
その後私は例のダサいチャントを奏でたことは無いし、いつの間にかあの縦笛もどこかに行ってしまいました。そして、府中の伊勢丹も閉店してしまいました。
あの晩。
日本代表はデンマークを相手に3-1で勝利しました。
フリーキックが2本決まったことは覚えていますが、縦笛を吹きすぎて試合展開など詳しいことは何一つ覚えていません。
ただ、あんなに楽しい夜はありませんでした。
縦笛を奏で続けた変な奴は、サポーターや調子のいい兄ちゃんと何度もハイタッチしました。息も絶え絶えにバモニッポンを奏で続けました。疲れ方で言えば、コスタリカ戦後よりも酷いものでした。
流石に今の私が夜のクラブに繰り出して、例のチャントを縦笛で奏でる気にはなれません。何故ならその日は朝9時から仕事だからです。
私はそういう普通のおじさんになってしまいました。
スペイン戦は夢の中でだけ縦笛を吹こうと思います。
あの夜のことを想いながら。
■「Voicy」で新しい放送をアップしました。
今回の放送についてはVoicyの今週のテーマが「おすすめふるさと納税」ということでしたので、これ、先日私の方で記事書いているんですよね。そちらにアレンジを加えていますので、是非お聴きください!
■次回のStandFM配信日時:12月3日 21:00開始
皆様、是非お聴きください!これは記事読むのとは違う面白さがありますから。面ゆるマガジンはこちら。記事全部面白いです。
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