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『歌われなかった海賊へ』読了メモ

『歌われなかった海賊へ』読了。
 前作に引き続き、素晴らしかったので、思いついたことなどメモしておく。メモなので文章としてあまりまとまっていないがご了承いただきたい。

 まずは、ネタバレにならない程度に前半部分の内容。
 舞台は敗色濃厚な第二次世界大戦末期のドイツのある地方。ナチズムによる思想統制に反抗する若者たちがとあるきっかけで知り合い、「エーデルヴァイス海賊団」を名乗り、喫煙したり、禁止された外国のラジオを聞いたり、ナチの思想統制によって創設された「ヒトラー・ユーゲント」に喧嘩を売ったり、反戦ビラを配ったりする。そして、ある日ついに体制が隠したかったある秘密を目撃し――という流れである。

 この「エーデルヴァイス海賊団」も、対立する存在である「ヒトラー・ユーゲント」も、作中で少しだけ触れられている「スイング・ユーゲント」(こちらは享楽的な態度でもってやはりナチの思想統制に逆らっていたそう)も、当時、実際に存在した集団なのだそうだ。

 この作品の前に読んだ『NSA』では、これまた実在した「白バラ」という集団について触れており、期せずして二作続けて第二次大戦時のドイツを描いた作品を読んで、当時ナチの敷いた体制や思想統制に反抗していた若者の集団が散発的にいくつも存在していたことを知った。

 敗戦を予想して、打算的に立ち回る大人たちの姿もそうだが、ナチ体制下において、全ての人が盲目的にヒトラーとその勝利を信奉していたわけでもなかったようで、そのあたり、当時の日本とは大きく異なっていたようだ。この点、非常に興味深い。

 そして物語が進んでいくにつれて、死の気配を間近に感じながらも自分の信ずる道を貫く若者たちの姿と、勝てる見込みのない一発逆転劇を信じている風を装う欺瞞に満ちた日常を送る大人たちの姿との対比が浮かび上がってくる。

 その大人たちの姿に、私は大昔に読んだ小説のある場面を思いだした。
 『存在の耐えられない軽さ』のこの場面である。

(略)上部機関がトマーシュに自己批判の声明を要求しているということが知れ渡ったとき、彼がいうことをきくにちがいないと誰もが思った。
 そのことが彼を驚かせた最初のことであった。彼らに自分の誠実さを疑わせるいかなる理由をも与えなかったにもかかわらず、人びとは彼の誠実さではなく、不誠実さにかけたのである。
 第二番目に驚かされたことはトマーシュの予想される地位への彼らの反応であった。私はそれを二つの基本的タイプに区別することができると思う。
 第一のタイプの反応は、自分自身(彼ら自身かあるいは彼らに近い者)が何かを撤回したり、占領体制に同意する旨を発言することを強制されたり、あるいは、そうすることを準備している者たち(たとえ、いやいやにせよ――誰も喜んでする者はいなかった)の示したものである。
 これらの人びとはトマーシュに彼がこれまで知らなかった独特の笑い、秘密の陰謀への荷担を示すおどおどした微笑みを見せた。これは売春宿で鉢合わせした男の照れ笑いである。いささか恥ずかしいと思い、同時に二人の恥ずかしさがお互いさまであることを喜び、その二人の間には何か兄弟に似たようなつながりが生ずる。

『存在の耐えられない軽さ』(著:ミラン・クンデラ)集英社文庫 1998年第一刷

『存在の耐えられない軽さ』は、1960年代後半の共産主義体制下のチェコの話であり、『歌われなかった海賊へ』とは時代も国も異なるのだが、押し付けられた体制と自身の正しさ、倫理、責任といったものとが相反したときに、体制に迎合しておのが身を守る人々の姿には似通ったものがある。
『歌われなかった海賊へ』において真実から目を逸らし耳を塞いだ人々の姿は、『存在の耐えられない軽さ』で、笑いをもって恥を共有し、多数でそれを共有することで恥の感覚を希釈し、覆い隠そうとする人と、本質において同じ人種と言えよう。

『歌われなかった海賊へ』では、大人たちに反発し、そして絶望する若者の姿を描くことで、集団の中に個を埋没させ、正しさ、倫理、責任といったものから目を背けることの醜悪さを浮かび上がらせており、その醜悪さといかに対峙するか、という問いが読者に対してなげかけられている。

 物語の終盤、主人公は、利他的な理由というよりも自分の求める理想のために行動するのだが、その結末は、ぜひ、購入して読んでみてほしい。

https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%8C%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E6%B5%B7%E8%B3%8A%E3%81%B8-%E9%80%A2%E5%9D%82-%E5%86%AC%E9%A6%AC/dp/4152102756

(終わり)


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