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想田和弘監督『演劇1』と平田オリザの演劇

想田和弘監督といえば「観察映画」と銘打ったドキュメンタリー映画を取り続けておられる。
観察映画は監督自身によるテーマ設定やナレーションやテロップによる説明、BGMを使用しないなど独自のスタイルであり、おそらくそれは恣意的な演出・編集を排除する目的があるのだろう。
そして観察映画の観客は対象の事象・世界の主体者として自身も「体験者」となる。
詳細は想田和弘さんのサイトで解説されている。


そして、今回の「観察映画」の対象は演劇人平田オリザさんその人である。

平田オリザさんといえば、もちろん劇作家、劇団主宰者などの演劇人だということは知っていたが、これまで舞台を観る機会がなかった。
もっぱら演劇論やコミュニケーションに関する著作を多く執筆されている方だという認識の方が強かった。

そして今回『演劇1』を鑑賞している間、まさに自身も平田オリザの主宰する劇団「青年団」の一員として、セリフ読み、稽古、地方公演遠征、舞台の設営、リハーサル、本番、なんならスタッフの面接からお金勘定(経理業務)までの裏方作業までを体験した気持ちになった。

青年団のメンバーの多くは一般的には有名ではない役者達だが、中には古舘寛治さんや志賀廣太郎さんといった多くの作品にも出演されている方も所属されている。
彼らはおそらく役者一本で生計が立つ有名ベテラン俳優なのかもしれないが、若いスタッフ達と一緒に遠征先での舞台設営までこなしている。
そういう姿を垣間見ることで、劇団と役者の関係について思いを至らせてくれる。

特に志賀廣太郎さんの元気な姿が拝見できたことは感慨深い。
本当に声の良い役者さんだったんだなぁ、と。
そしてラストの還暦のサプライズのお祝いには、少し涙ぐんでしまった。

さて、観察映画はBGMなどがないのだが、途中何度か音声がなくなるシーンが出てきた。
おそらくこれはわざと「無音」にした演出上の仕掛けだと思うのだが、それが何を意図したものなのかがまだ理解出来ていない。

さて、今回映画を通して劇団「青年団」へ疑似体験したことで痛切に考えたことがある。
青年団はいわゆる劇団四季などのような商業的にも成功した大劇団でもなく、国からの補助金がなければ日々の運営も傾いてしまうような規模で、おそらく正式なスタッフ達も、日々の暮らしを成り立たすために経済的な苦労を相当しているのではないかということが垣間見える。

実際、スタッフ採用の面接シーンで平田オリザさんが、
「うちは月の手取りが10万円程度で東京で生活するのはギリギリで厳しいよ、それでもキャリアの初期として演劇に携わるのであれば悪い選択ではない」
ということを正直に伝えるシーンがある。

また、ある若い役者がおそらく他の仕事をダブルワークで入れたために稽古を休むことになったのだろうか、平田オリザさんに叱責されるシーンがある。
そんなことじゃこれから役者として信頼を失って誰からも声がかからないよ、と。
若い役者としては、青年団一本ではおそらく日々の暮らしが厳しかったのだろうか。

それでも、平田オリザという優れた指導者のもと演劇を信じ、歯を食いしばって自分の役割を継続している役者やスタッフ達がいる。
また、主宰者自身はその結果として演劇という文化の日を何とか灯し続けようと踏ん張っている。

大小はあれども、おそらくこのような形で「何とか演劇を続けたい」そういう一心で踏ん張っている少劇団も全国に多くあるんだろうということも肌身で感じられた。

平田オリザが学校教師を相手に教室で講義をするシーンが出てくる。
「あなたの本当に言いたいことは何?思っていることを正直に言って?」
と言いがちだが、本当のことなんて言ったら大変だし、皆さんも大変でしょう?
大人は社会生活を送るにあたって、それぞれの役割に応じて演技をして生活していてそれが普通で、人間はそうして演技をするものだ。
子供にだけ本当の自分を、と求めるのはどうなんでしょう?
そういうようなことを話す。

また、中学生の演劇ワークショップのようなところで、演劇とはそもそもどういうものなのか?ということを彼らにも伝わるような比喩やジョークを交えながら語るシーンがある。

平田オリザさんは演劇というものを通して、人間というものを考えるきっかけ、そして世界というもの理解するきっかけを学び、その結果としてコミュニケーション力も身につく、そのような若者への教育にも熱心に取り組まれているようだ。

日本は長い歴史をもつ国だが、現在の国としての政府は国および国民を形づくつ「文化」を軽視しているとしか思えない。
同じく長い歴史を持つフランスのように国をあげて「文化」の継続を財政的にもしっかりサポートする、そういうようにはならないだろうか。

一般的なドキュメンタリー作品と違って、観客に
「ゴールはこちらです、この映画を観たらこんな課題を分かってくれますよね?」
そんなメッセージを安直には届けてくれない「観察映画」だが、
おそらく今回の「体験」はボディブロウのように折々に思い出されることになるんだろう。

平田オリザさんの演劇に関する著作、
想田和弘さんの他の観察映画作品、
それらも時間を作って読み、体験していきたいと思った。


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