コウショウさんの教え
「大切にしている教え」というお題で書いてみたい。
20年以上前、石川県金沢市に住んでいた時の話だ。
会社の異動がきっかけだったが、4-5年は戻って来れなさそうだったので、買ったばかりのマンションを手放して妻と1才の長男の3人、家族揃って引越した。
初めての北陸だった。
家族で引越した先は、金沢駅からも歩いて10分ちょっと、近江町市場や香林坊・片町にも徒歩圏内の家賃も高めの市内中心地の古いマンションで、
後になって思えばもっと安くて広い物件もあったのだろうが、初めての土地でよく分からなかったから、エイやと決めてしまった。
移動は基本的に車だったので、特に冬場10月頃から3月くらいまでは晴れ間の天気の方が少ないので、幼子を抱えての移動は車以外あり得ない、駅近の中心地である必要もなかったのだけど。
マンションといってもワンフロアに2軒しか入っていない小ぶりの鉄筋作りの建物で、といっても大きめの3LDKで東京近郊とは桁違いだったけど、築年数もかなり経っていたので、湯沸かしが壊れた、水が詰まる、床板が剥がれてきた、とかどこかしらいつも具合が悪かった。
だけど、大家さんの当時70過ぎくらいのおばあさんが、息子さんと2人とマンションと同じ敷地内にある一軒家で住まわれていたが、愛想良い人ではなかったが、面倒見は良い人で、何かあるとすぐに「コウショウさん」というマンション設備のメンテナンスをお願いしているおじさんを呼んでくれた。
「コウショウ」さんは、多分「幸正」さんだったと思うが、記憶の中ではカタカナのコウショウさんだ。
当時の僕が30代後半、コウショウさんはおそらく60前後だったろうか。
三菱だか三井だかの系列の大手製造業でエンジニアをされていらっしゃったそうだが、早期退職か何かでUターンで地元に戻って来たと話されていた。
ある時、風呂の水道栓の調子が悪くなって、いつもの如くコウショウさんが来られた。
ざっと症状を見て「あぁ、これか」とか何とか得心された様子で、手際よく修理されていた時だ。
「コウショウさんって何でもちゃっちゃと修理しちゃいますよね?僕なんか全然出来ないですよ」
と世間話の延長のようなつもりで話かけたところ、
「今の人はみんなすぐに出来ないって言うけどなぁ、出来ないじゃないんだよ。やらないだけなんだよ」
と少し巻き舌のべらんめえ口調で言われたことがある。
なので正確には「出来ないじゃねぇんだよ、やらねぇだけなんだよ」だ。
コウショウさんは石川の方が地元(幸正という名字は福井県に多いそうだが)なのに、何故か江戸っ子のようなべらんめえ口調で話されていた。
「出来ないじゃないんだ、やらないだけなんだ」
その言葉がグサッと刺さった。
「やらないだけ、ですか?」
「そうだよ、やらないだけなんだよ。そんなになぁ、難しいことなんてないんだよ。一から作ろうってんじゃないんだから、修理なんてなぁ、どういう仕組になっているのかよく見て、やってみれば意外に何でもないことなんだよ」
結局、金沢には4年半ばかり暮らして、その間に次男も産まれた。
どうせまた東京本社に戻るのであれば、子供が引越ししなくていいように、なんとか長男が小学校に上がる前には、というタイミングで都合よく埼玉県に移ってきた。
埼玉に移って2年目の秋に、ここが終の棲家でもいいな、と中古で家を買った。
中古の持ち家なので、あちらこちらに手を入れる必要があったし、好きなように改造することも出来た。
「出来ないじゃないんだ、やらないだけなんだ」
そんな時に、胸に残っていたこの言葉が背中を押してくれた。
それまでDIYなんてやったこともなかったのに、木材を買ってきて棚を作ったり、押入れを壊してクローゼットにしたり、天井裏に登ってLANケーブルを屋内配線したり、ウォシュレットを自分で設置したり。
電気配線は勝手に触れないので、一時は「第2種電気工事士」の資格を取ろうかと思ったくらいだ。
コウショウさんが言ってた通り、最初は恐る恐るだが、やってみると意外になんとかなるものだ。
なにかあっても自分の家だし、なんとでもなる。
あの時、コウショウさんにあの時の言葉を言ってもらえてなかったら、
今みたいに「買うよりも、自分で作れないか?」とか思いもしなかっただろうなと思うのだ。
<了>