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拙い読書感想文「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ

カズオ・イシグロさんの著作は今まで読んだことが無く、本作が自分にとって初めてのカズオ作品でした。

翻訳本は図書館で借りるなどして今までもいくつか読んできましたが、日本の作家さんが書いたものに比べてなかなか文章が身体に染み込みづらいところがあります。

自分だけかもしれませんが。

コンディションが悪いと読書をしていても文字を目で追っているだけで気が付いたらいつの間にこんな場面になったんだっけ?ということがよくあります。

それは日本人作家に比べて海外の作家さんの方がより自分と生まれも育ちも文化も違うので物語がスーッと頭に入ってきづらいからなのかもしれません。

物語について

この物語は「アクセル」「ベアトリス」というブリトン人の老夫婦が、昔別れてしまった息子に会う為ために旅に出かけるという大筋で、旅の途中で知り合ったサクソン人の戦士「ウィスタン」やサクソン人の村の少年「エドウィン」、ブリトン人の老騎士「ガウェイン」らと協力しながら旅を進めていきます。

物語序盤では色んな謎が散りばめられます。

多くの人の記憶がおぼろげになっているということや皆に恐れられている雌竜、あらゆる村で混在するブリトン人とサクソン人や人間に襲い掛かる鬼や小妖精、船頭という存在など。

不思議なものが多く登場するファンタジー小説でありながら、なぜ多くの人の記憶がおぼろげになっているのか、なぜ老夫婦の息子は出て行ってしまったのかなど、ミステリー小説のようでもあります。

そして、この物語の醍醐味はラストシーン。

最後の数ページで老夫婦アクセルとベアトリスの印象がガラッと変わります。

ラストシーンの見解は特に分かれているらしく、結局のところ老夫婦がどういう結末を辿ることになるのか誰にもわかりません。

読者がそれぞれ思うように解釈していい箇所だと思われます。

あらすじと考察

序盤から仲睦まじい様子のアクセルベアトリス

夫アクセルは妻ベアトリスを呼びかける際にはお姫様と言い、ベアトリスは川下りの際にいくら堅く紐で結んだとは言え、夫と違う籠で川を下ることを拒みます。

妻のことをお姫様と呼ぶアクセルに一時たりとも夫の傍を離れたがらないベアトリス。

旅を進めていく中で人々の記憶がおぼろげなのは山に棲む雌竜の吐く息のせいだとわかります。

老夫婦2人は自分たちの記憶を取り戻したいと願います。

2人で過ごした楽しい日々を忘れたくない。

ただ同時に不安にも駆られます。

それぞれが昔、夫(妻)へ何かひどいことをしたのではないか

それを思い出してしまったら今のような仲の良さは維持できないのではないかと。

けれど、2人はどれだけ辛い過去があったとしても今こうやって仲良く一緒に居る事実があるのだからどんな過去でも乗り越えられるだろうと結論づけます。

老夫婦のように自分たちの記憶を取り戻したいという者がいる一方で記憶を取り戻したくないと雌竜を守る者もいます。

老騎士ガウェインです。

彼はブリトン人で、かつてあったブリトン人とサクソン人との大きな戦争の際に活躍した兵士の1人です。

今では2つの人種が混ざって色んな村が形成されていますが、かつてブリトン人は多くのサクソン人を殺し、兵士だけでなく女子供にまで容赦なく手をかけました。

もし、雌竜が死に、多くのサクソン人がそのことを思い出したらブリトン人への憎しみの火が再び燃え始め、せっかく戦争の無い世の中になったのに再び争いの絶えない世になってしまう。

そう恐れたガウェインは周囲には雌竜を討伐する命を受けたと嘘をつき、実際は雌竜が誰にも殺されることのないように守っていたのでした。

その雌竜を遂に殺したのがサクソン人の戦士であるウィスタンです。

彼はかつてあった戦争の記憶を人々から奪い、無かったことにされていることに対して憤りを感じており、ブリトン人は自分たちの犯した罪を認めたうえでそれを償って生きるべきだという思いをもって雌竜を討伐しました。

また、同じくサクソン人の少年エドウィンに対しては

「どんなに親切にされようともブリトン人に対してだけは常に恨みを持ち続けろ。」

と人種間の憎しみの気持ちを後世へと引き継ごうします。

ところがエドウィンはアクセルらブリトン人老夫婦と旅を共にしてきた中で

「戦士はああは言うけれど、まさかあの親切な老夫婦2人は憎しみの対象にはならないだろう。」

と考え、ウィスタンの根本的な恨みの引継ぎは失敗に終わります。

ラストシーン

そしてラストシーン。

旅の序盤で雨宿りをしている際にアクセルとベアトリスはとある婦人に会っていました。

その婦人は昔、夫と島に渡って2人で生活をするつもりだったが船頭によって夫だけが島に渡され、婦人は取り残されたままずっと何年も離れ離れになっているというものでした。

その婦人曰く、船に乗せられる前に船頭から夫婦それぞれへと投げかけられた質問にうまく答えることができず夫だけ島へ渡され、自分はこちら側に残されたのだという。

ベアトリス夫妻は雌竜が討伐された後記憶を取り戻します。

その内容は

「息子は喧嘩別れで出て行ってしまったがほどなくして流行り病で亡くなったということ」
「ベアトリスが1~2か月の間アクセル以外の男に抱かれていたこと」
「アクセルはベアトリスを息子の墓参りに行かせなかったこと」

です。

それらの記憶が戻り、2人で島にあると思われる息子の墓へ向かおうとするとき船頭に出会います。

島へ渡してもらおうとするのですがやはり船頭からそれぞれ夫婦へ質問がなされます。

けれど、それはかつて婦人から聞いたものより優しいもので形式的に質問はするが夫婦2人とも島へは渡してあげるというものでした。

2人は無事答えることができ、船頭からも2人とも船で運ぶと約束されます。

けれど、船に乗って島へ向かおうとした際に船頭からアクセルだけは一旦こちら岸で待っていてくださいと言われます。

船の定員が2人までだから。

アクセルは猛反発します。

「絶対に降りない。」

「定員が2人なら俺とベアトリスの2人で行く。」

船頭が船でベアトリスを島へ送ってしまったら船頭は帰ってこず、自分だけここに取り残されるだろうと考えたのです。

かつて雨宿りをしている際に出会った婦人のように。

そこでベアトリスがアクセルをなだめます

「自分が先に向こうに行って待っているから。」

「この船頭さんは親切だから必ずまた帰ってきてアクセルのことも運んでくれますよ」

あんなに一瞬でもアクセルと離れることを拒んでいたベアトリスが。

ここで僕は、ベアトリスは記憶が戻ったことによってアクセルと離れたがっているのではないかと思いました。

船頭は「すぐ戻ってきますので小屋で待っていてください。」とアクセルに声を掛けます。

けれどアクセルはそれを無視して小屋を通り過ぎ、去っていきました。

ここで物語は終わります。

考察

果たしてその後、船頭はきちんと戻ってきてアクセルも島へと運んだのか。

それとも運ばなかったのか。

また、船頭はアクセルを運ぼうと戻ってきはしたが、アクセルの姿はそこにはなかったのか。

僕は、船頭は戻ってきたがアクセルはその場に居なかったんじゃないかと考えます。

はじめアクセルはベアトリスが船頭によって1人で島へ渡されることを拒んでいました。

けれど、ベアトリスがアクセルをなだめる描写を過ぎてから態度が一変し、諦めたような様子へと変わります。

どんな時も自分と一緒に居たがって離れたがらなかったベアトリスが(もしきちんと船頭が戻ってくると仮定して)一時だろうと自分と離れても良いというような選択を取るなんて。

とアクセルは考えたのではないでしょうか。

やはりもう昔(雌竜の息によって記憶が無かった頃)のようには戻れないのかと。

それでアクセルは落ち込み、ベアトリスの元から去って行ったのではないでしょうか。

そのことも船に乗っているベアトリスは気づいていたのかもしれません。

記憶を取り戻したことによって2人のお互いを思う気持ちが微妙にズレてしまったのではないかと思います。

長い物語のほとんどの場面で老夫婦は仲睦まじく描写され、付き合いたての若いカップルのようで微笑ましかったのですが、最期の数ページで記憶が戻り、それぞれ離れ離れになってしまうなんてなんて切ない物語なんだろうと思いました。


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