ハバナの釣り人たちが熱狂する理由
これを書くまで、しばらく迷ってしまいました。
先だって、緊急事態宣言が解除されたばかり。外出自粛モードが続くなか、気分だって上げようがない。今は、それどころではないタイミングかも。
とはいえ、人生の楽しみまで小さくしなくてもいいはず。
そんな思いで、「今」をこれでもかというほど、最大限にエンジョイする、キューバの朝を紹介します。
海辺の通りにぎっしりと
時差ぼけと空腹で、朝早く目覚めた2019年のある朝、まだ薄明かりのともるキューバの首都、ハバナを歩きました。
キューバは中南米でも格段に治安が良く、カメラを手にひとりで街を歩くことができます。
海沿いのマレコン通りに向かうと、釣り人が所せましと並んでいるではありませんか。
近くまで来ると、さらにおったまげてしまいました。魚って、こんなにひっきりなしに釣れるものなの?
文豪ヘミングウェイもびっくり
釣りのだいご味とは、忍耐と辛抱があってこそ、だと思っていた私。文豪ヘミングウェイがキューバを舞台に綴った小説「老人と海」だって、漁師が獲物に出合うまで、85日間もかかったというのに。
近寄って釣り人たちの背中を眺めていたら、頭上に釣り糸が飛んできました。そうやって、釣り竿をしならせ、エサをできるだけ遠くに放り投げるのです。
「危ないから下がって」
そう言われた私は、歩道にいた体格のよい中年男性を見つけ、そばに寄りました。この人の後ろにいれば、安全に違いありません。
ところが、この男性、歩道に打ち上げられた魚をひっきりなしに足で歩道ワキに寄せています。歩行者の邪魔になるからでしょう。そのたびに汚れる真っ白なスニーカーを、手でふくので忙しそうです。
歩道のすみでは、魚がうろこを光らせ、ピチピチいいながら横たわっています。
魚は食べてはいけない
どうやらここ、マレコン通りで釣れる魚は「食べてはいけない」らしいのです。ごみとか、生活排水とか、いろいろあるのでしょう。
つまり、釣り人たちは「魚を食べるため」ではなく、「釣りというゲームを楽しむ」のために夜明け前から、集まっているのです。
ときどき、けんかしているようにも聞こえる、釣り人たちの興奮交じりの声。エサをつけて、釣り糸を投げ、魚をキャッチするまでのスポーティな一連の動き。喧噪と熱気。でたらめかと思うくらい、頻繁にかかる魚たち。
こんな体当たりの楽しみだけのために時間を過ごすなんて、なんともぜいたく。しばし、その熱気に圧倒されてしまいました。
よく私たちは仕事とプライベートの切り替えを、「オン」と「オフ」で表現します。しかし、120パーセントのエネルギーで楽しむなら、もはや「オフ」ではなく、1日の主役となる時間なのでしょう。
そんな、オンだかオフだかわからない、すこぶるエネルギッシュな楽しい時間を過ごしてみたいと願う、今日このごろです。
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