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2024年。「明るい不毛地帯」を歩む私たち。【書評:不毛地帯】

こんにちは。まきたけと申します。
先日、約50年前に書かれた名作、『不毛地帯』を読み終えました。
今年26歳でギリギリZ世代の私にとって、この物語は
生きづらい世の中を生きるための一種の処方箋のように感じられました。
色々と考えたことを綴ろうと思います。


1.『不毛地帯』作品概要

『不毛地帯』は、太平洋戦争中に日本陸軍参謀として戦争遂行にあたり、敗戦後、11年に及ぶ過酷なシベリア抑留を経て商社マンに転身した壱岐正(いき ただし)の生きざまを通して、戦後日本が挑む経済戦争を描き出した物語である。

作者は、『華麗なる一族』『白い巨塔』『沈まぬ太陽』等社会派作品を多く生み出した作家の山崎豊子。

本作も山崎作品の例に漏れず、300人以上の関係業界人への取材や、舞台となる世界各地の実地見聞をもとに執筆され、原稿用紙5000枚に及ぶ大作となっている。

1973年から1978年まで『サンデー毎日』に連載。単行本は累計480万部を売り上げ、3度映像作品化(1976年に映画化、1979年と2009年に2度テレビドラマ化)されるなど、氏の代表作として知られている。

2.「白い不毛地帯」と「赤い不毛地帯」

この物語は、一面雪がふりしきり凍っていて草木の生えないシベリアの荒野、いわば「白い不毛地帯」を舞台に始まる。
本作の主人公の壱岐正は、陸軍幼年学校から陸軍士官学校を経て、
陸軍大学を主席で卒業し、当時最年少で戦争の作戦立案を行う参謀本部で勤務。
しかし敗戦後、ソビエト軍に捕らえられ、11年間に渡りシベリアという極寒の地獄で、過酷な労働を強いられる。
それは、これまで順風満帆に人生を歩んできた彼にとって大きな挫折であったことだろう。

帰国後、総合商社:近畿商事に入社した彼は日本の国益のため、軍人時代の人脈を活かしながら、航空自衛隊の次期戦闘機選定争いや、日米の自動車会社の提携に関わる。
そして、後半の山場である石油採掘プロジェクトへと繋がっていく。
その舞台は、中東の灼熱の砂漠。いわゆる「赤い不毛地帯」である。

凍った荒野から灼熱の砂漠へ。「白い不毛地帯」から「赤い不毛地帯」へ。
物語前半部と後半部の対象的な構成を象徴するとともに、作中のさながら草も生えないような殺伐とした世界観が表れた作品名である。

また、作者の山崎氏は「不毛地帯」という作品名について、以下のように語っている。

「不毛地帯」とは精神的飢餓状態を意味しています。昭和四十年以降、経済成長は異常な勢いで進行し、確かに物質的には豊かになりましたが、あらゆる人間の欲望が金銭で解決できると思い込んでしまったために、精神的にはまったっく頽廃してしまった、それは政治問題のみならず教育問題にまで及び、大人の世界ばかりか子供の世界にまで蔓延していますね。日本全体が不毛地帯と云っても過言ではないと思いますがいかがでしょうか・・・・・。
大変おこがましいけれど、そういう精神的飢餓状態に対する一つの警鐘、そんなことが、大きな発想のもとになったと云えますね。

「波」1976年7月談

「不毛地帯」という精神的飢餓状態。
昭和という激動の時代そのものを作名は表しているのである。

3.2024年は「〇〇色の不毛地帯」である。

私たちも『不毛地帯』の延長線上に生きている。
生活は当時よりも豊かになったが、残念ながら、2024年になっても
我々は未だに「不毛地帯」を歩き続けている。

色見本の開発を手掛けるアメリカのPANTONE社は、毎年12月に世相を反映する「カラー・オブ・ザ・イヤー」を発表しているが、2024年は以下となっている。

毎年12月にPANTONE®社が発表する「カラー・オブ・ザ・イヤー」。世相や心理を反映し、トレンドを左右するともされている重要な色に、2024年は淡いオレンジトーンの“ピーチ・ファズ”が選出。その背景にあるのは「人と人とのつながり」、そして「思いやり」を求める世の中の流れだ。
(中略)
あらゆる人が走り続けることに疲れ果てた今、新しい年に向けて私たちができることといえば、少しばかりの思いやりと、優しさを願うことだ。

https://www.vogue.co.jp/article/pantone-2024-color-of-the-year-peach-fuz
2024年のカラー“ピーチ・ファズ”
”https://www.vogue.co.jp/article/pantone-2024-color-of-the-year-peach-fuzz

2024年を表す色は、白や赤のような分かりやすい原色ではなく、なんとなく見てくれは良いが分かりにくくなんとも表現しにくい、そんな中途半端な色である。

生活が豊かになり、人生の選択肢が増えた半面、いや増えたがゆえに、
会社の幸せ、ひいては国の発展が人生の幸せといった(白や赤といった)
原色で表せるような分かりやすい価値観は崩壊。

自分はなぜ生きているのか、なぜ生きなければならないのか。
一人一人が多くを考えざるをえない時代。
色々な束縛から解放された、一見「自由」で「便利」だが
見てくればかりが良く、多くの問題を抱えた時代。

豊かだが精神的には満たされない。
現代でも多くの人々が精神的飢餓状態である。

シベリアの様な極寒や中東の様な灼熱のような殺伐とした空気はなく、
春の日の明るい日が差すが、草花が生い茂るには程遠い荒野。
物語の主要舞台である1970年代が「殺伐とした不毛地帯」であるならば、
2024年は「明るい不毛地帯」と言えるのかもしれない。

4.主人公、壱岐正の生き方

『不毛地帯』の主題について、作者の山崎氏は以下のように語っている。

(『不毛地帯』の主題は)戦後30年間の心の歩み。そう読んでいただくとホッとします。

1976年7月16日号の『週刊ポスト』インタビューより

作中、壱岐は常に国家人としてものを考え行動するが、そうしようとすればするほど巨大な黒い渦に巻き込まれる。
だが、物語は彼が歩みを止めるのを許さない。

そんな姿は、明治期から昭和にかけての日本の歴史と重なって見える。
富国強兵をかかげて邁進し世界の一等国と自負するまでに至ったのも束の間、敗戦という挫折を味わい復興・民主主義の導入・高度経済成長と息をつかず歩んできた日本。

この作品は、あるいは同時代に「日本」という国に生きた人々一人ひとりが歩んできた「挫折と克服」そのものを描いた作品と言えるのかもしれない。

彼は葛藤し迷いながらも、なんとか信念をもって生きたいと強く願い
一歩ずつ進んでいく。
その姿は「不毛地帯」にあって異質な存在であり、それが故に輝いて見える。

豊かになろうと邁進してきたがゆえ生み出された挫折=精神的飢餓状態への克服。
一見古い価値観の見直しが、現代を生きぬくヒントを与えてくれるのかもしれない。

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