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第37話:支援と目的

 ぶっこちゃんのことについて、専門機関の支援の必要性を感じたしのぶは、仏間で掃除機がけをしながら考えていた。介護保険制度行使の必要性を感じていることを、ぶっこちゃんの娘であるメイコに相談しようかと。以前、幸太に話してみたことはあるが「デイサービスでも行けば少しは良くなるかな」と言われた言葉にムカついた。
 幸太の実家はご両親共に健在で、祖父母は他界されていたり、健在であったりするようだが、会うことは滅多に無いらしく介護や看取りという経験をしたことがないらしい。そんな幸太だから、しのぶの負担を減らしてあげたいという思いから言ったことだろうし、介護と言えばデイサービスと思っているのかもしれない。また、認知症を良くすることが良いことだということも深く考えずに言ってしまったにすぎないだろう。
「良くなるって何なん?」
 その時のしのぶは冷たく言い放ってしまった。
「あ、ごめん。つい」
 すぐに誤ったが、心境は複雑だった。
「こっちこそごめん、軽はずみだったね」
 思いやりの心を持って謝ってくれる幸太ではあったが、それでもしのぶの心中を計りかねて困惑した表情を見せた。
 その時にメイコの顔が浮かんだのだ。メイコはまぁ、信頼できるし、頼りになるかどうかは分からないけど、相談には乗ってくれる。何よりぶっこちゃんのことに関しても常々気にかけてくれているから、しのぶはメイコに相談しようと思った。そう思ってメールを送ると、気持が落ち着いていった。
 しのぶは、ぶっこちゃんの支援云々と言ってはいるが、その実、自分自身の支援を求めていた。話を聞いてもらって理解してくれる人。どうすれば良いか、一緒に考えてくれる人。ぶっこちゃんのQOL(生活の質)を、幸福を、どう高めるか。同じ目的を持って、同じ方向に向けて、意見を交わせる人を求めていたのだ。自分一人の未熟な脳では到底不足している部分を補ってほしいのである。
 そう、目的は介護保険を使うことではない。デイに行くことでも、ぶっこちゃんの症状を良くすることでもない。
 目的はただひとつ
「ぶっこちゃんが毎日笑うこと」である。
 そこさえぶれなければ、道は必ずできるはずさ。
 仏間から襖を開けるとそこはぶっこちゃんの部屋で、中央に置かれたベッドに座って壁に貼られたひ孫の写真を眺めるぶっこちゃんが居た。
 ぶっこちゃんが何やら喋っている様子なので、しのぶは掃除機の電源を切った。
「おお、マイちゃん、お母ちゃんといつ来るか分からんなぁ。いつなと来たらええ、長い一生や」
 呼ぶ名前はデタラメだが、ぶっこちゃんはニコニコしている。そのぶっこちゃんを見ていると、いつもしのぶは癒やされているんだと思い直す。少しでも、ぶっこちゃんのことでイライラしたことを後悔する。
 ぶっこちゃんは「よっこらしょ」とベッドに手をついて重い体をゆっくり起こし、ひ孫の写真に歩み寄る。
「ばっ!」
 まるで、そこに子どもが居て、いないいないばあをするみたいに口を開いて、写真に向かって驚く顔をして見せている。
「やっぱり聞こえやいんのやなぁ」
 少し寂しげに言う。
「ちょっと、遠いなぁ」
 ぶっこちゃんの横に並んで、しのぶはぶっこちゃんの肩を抱いた。

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