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【短編小説】初めての十二支会合 -あの日、実はこうだった-

 ピシャンッ!

 ふすまひらく音と共に、一匹のねずみがチュウと畳のへりを跨ぐ。

「みんな、今日は集まってくれてありがチュウ。早速だけど、十二支の順番が決まったあの日のことを弁明させてくれっチュ」

 ここは山のてっぺんにある、神社の社務所。遠い昔の元旦に、大勢の動物たちが競い合い、目指したあの場所。
 十二支の順番が決まったのもまた、ここである。

 今日は、初めての十二支会合の日。

 三十畳ほどの和室に、十二匹の動物。
 それぞれ座布団の上に腰を据え、円を作った。


「まず初めに言いたいのは、ぼくのご先祖様はズルなんかしていないってことっチュ」

 ねずみのその発言に、早々と待ったを入れたのはへびだった。自身をぐるぐる渦巻いて、三角の上から顔を出す。

「おいおいねずみくん。今さら何を言っているんだニョロ。君のご先祖様は、うしくんの頭の上に乗り、ゴール手前でそこから降りて、一番にテープを切ったんだニョロ。これは有名な話だニョロ」

 周りの皆も腕を組み、頷いた。
 ねずみはチチチと、首を横に振る。

「君たちは、どうしてそれがズルだと思うっチュ?ぼくを見てチュ。この中でも、一番体が小さいだろう?ねずみが馬鹿正直に勝負へ挑んだところで、勝ち目などないんだチュ。だからご先祖様は、工夫をしたんチュ。ぼくたち小さいねずみが、どうやったら干支に入れるかって」
「それが、うしくんを利用した理由ニョロ?」
「利用って言い方は気に食わないっチュ。ご先祖様は自身を客観的に捉え、己を取り巻く環境を判断し、さらには下調べも入念にした上で、うしくんを選んだんだっチュ。とらくんや、いのししくんの上ではスピードが速すぎて落ちる可能性があるし、さるくんはしょっチュウ頭を掻くからね。だからうしくんを選んだ、いいや、うしくんは選ばれたんだっチュ!」

 ビシッとねずみの前足で指された牛は、どこか複雑な表情を浮かべていた。

「モ〜、そんなのモ〜どっちでもいいモ〜」


「せっかくの機会だ。ぼくも言いたいことがあるワン」

 伏せをしていたはずの犬が、いつの間にやら姿勢を正して座っていた。

「さるくんのご先祖様が、あの日ぼくのご先祖様にしたこと、謝ってほしいワン」

 犬の隣で胡座をかいていた猿は、ウキ?と小首を傾げた。

「何がウキ?あの喧嘩は、両成敗で終わったはずウキ」
「違うワン。先に裏切ったのはさるくんのご先祖様だワンッ。一緒に走ろうと約束していたのに、さるがスピードを上げたワン」
「それは違うウキッ。ぼくのご先祖様が沼に落ちたのに、いぬが助けてくれなかったから喧嘩になったんだウキッ」
「違うワン違うワン!さるくんはいつもそうやって誤魔化そうとするワン!」
「なんだウキ!喧嘩するウキか!?」
「やってやるワン!」

 たちどころに始まる争いに、犬猿の仲とは正しくこのことだと皆が呆れ返るなか、鶏だけが仲裁に入った。

「こらこらふたり共、やめなさい。今すぐ喧嘩をやめないと、耳元でコケコッコーしちゃうわよ?」
「だってこのさるが!」
「うるさいウキ!」
「やっぱり私があいだにいないとだめねえ」

 ほらほら、と鶏は自身の座布団を持つと、それを猿と犬の狭間に置く。

「神様が十二支をこの並びにしたのも、頷けるわ。このふたりの仲をトリもつのが、私の役目ね」

 猿、鶏、犬の順で並んだ三匹には、皆が苦笑した。

「そういえばうまくん、この前はどうもありがとうメェ。転んだぼくを助けてくれて、嬉しかったメェ」
「こちらこそ、ひつじくんが食べている干し草を分けてくれてありがとうヒヒン。ウマかったヒヒン」
「うまは昔からずっとひつじに優しいメェ」
「だから一緒にゴールしたんだヒヒン」
「大好きメェ」
「ぼくもだヒヒン」

 急にイチャイチャし始めたのは、馬と羊。彼等のこれはいつものことなので、誰が気に留めることもない。

 淡いムードが漂うさなか、うさぎの耳がピンと立つ。

「誰かきたピョン」

 襖が静かにひらくと……

「ニャ、ニャンだ、ここだったのかっ」

 そこには息を切らせた猫が立っていた。

 なんで猫がきたの。これ、十二支会合なんだけど。

 全員の目がそう言ったところで、ねずみが胸の前の空気を二度押した。

「まあまあ、そんな白けた目なんかしないで。ねこくんはぼくが呼んだんチュ。ねこくんにも、話しておかなければならないことがあるっチュからね」

 入ってよ、とねずみに促されて、猫はしずしず入室する。

「すまニャイすまニャイ。他の神社に行っちゃって、遅れちゃったニャン」
「気にしてないっチュ。ところでねこくんの肩に乗っている、かえるくんも同席するっチュか?」

 その言葉で、再び全員の目が白け出す。
 空気を読んだカエルは、「もうカエルケロ」と言って、ピョンとその場をあとにした。

「チュウことで、ねこくんの席は……」

 前足で、輪の余白を探すはねずみ。

「いのししくんの隣にでも座ってくれっチュ。いのししくん、悪いがほんの少し、ずれてもらってもいいっチュか?」
「もちろんプギッ」

 そう言って、腰を快く上げた猪。だが彼は、たったの半歩横に身を置くだけで良かったのにも関わらず、八畳跨ぎ越した屏風びょうぶへ豪快にぶつかった。
 バタンと猪が倒れると、屏風もバサンとその上へ覆い被さる。

「だ、大丈夫っチュか!?」
「プ、プギギギギ……」
「猪突猛進しすぎだチュウ。君のご先祖様が最下位の十二番目でゴールしたのも、この神社を勢いよく通り過ぎてしまって引き返したのが原因だそうじゃないっチュか」
「そうなんだプギ……なおそうと思っているんだけど、なかなか……」
「血は争えないっチュね」

 とても重そうなその屏風は、龍が咥えて元に戻した。

 皆が座ったところで、ねずみが言う。

「ねこくん。ぼくのご先祖様が君に嘘の日にちを教えたのには、訳があったんだっチュ」

 十三匹中、十一匹がぽかんとした。おそらくこの話を知っているのは、当事者の先祖を持つ、ねずみと猫だけらしい。

「レースの日付けをねこくんのご先祖様に聞かれた時、ぼくのご先祖様は体調が悪かったんだっチュ。少し頭もボーッとしていたらしくて、だから誤った日付けを教えてしまったんだっチュ。決して、ライバルを減らそうと企んでいたわけではないんだチュ」

 皆の視線が、ねずみから猫へと移された。

「そんニャの信じられニャイよ。ねずみくんのご先祖様のせいで、ぼくたちねこはこの先もずうっと、干支の仲間に入れニャイんだ。こんニャ酷いことってニャいよ」
「でも、君のご先祖様にも非はあるっチュよ。自ら神様へ確認すればよかったのに、その辺にいたねずみに聞いたんだっチュから」
「ニャッ、でもっ」
「だから、もうそろそろこの恨みは忘れてほしいっチュ。いい加減、ぼくたちねずみを追いかけ回すのをやめてくれと、野良ねこくんたちに言っといてチュ」

 でもニャア、と前足を舐めながら悩み出した猫には、仲裁上手な鶏が片羽を上げた。

「ねずみくんの言う通りよ。いつまでもそんな昔のことを根に持っていても仕方ないわ。これを機に、仲良くなりましょうよ」

 皆がうんうんと頷いたのを見てしまえば、不服ながらも同調せざるを得ない。

「わ、わかったニャ。今晩集会があるから、そこで仲間に伝えるニャ」

 その言葉ににっこり笑ったねずみは、「ありがチュウ」と言った。

「そもそモ〜、なんで十二支なんだモ〜。キリ良く十支でいいモ〜のを〜」

 自身の周りで飛ぶ虫を、尻尾しっぽで器用に払いつつ、のんびりした声で牛が聞く。

「モ〜とっくに昔のことだから〜、誰に聞いてモ〜知らなくて〜、モ〜どかしいモ〜」

 その瞬間馬と羊は身を寄せ合い、「その日がきたら一緒に抜けよう」と誓っていた。
 ヒヒンヒヒンメェメェをBGMに、各々の見解を述べていく。

「意外とこの世界は『12』という数字が多いピョン。チョコも十二個入りだったりするピョンし」
「ああ、鉛筆も十二本入りが多いニョロ。ぼくと違って、ピンと真っ直ぐなあいつが十二本」
「確かにカレンダーも十二月までワンね。ずっと冬だったらいいのにワーン。そしたらずうっと雪と遊べるワン」
「黙れウキ!ずっと冬だったら、山に食べるものがなくなるウキ!」
「ワンだよこのバカ猿!噛みついてやるワン!」
「イテテテ!ウキキ!懲らしめてやるウキ!」
「コーーケコッコーーーーー!!!!!!」

 皆で耳を押さえ、暫く経って。

「一年はもともと『10』で区切っていたっチュよね。でもそこへ無理矢理二ヶ月分を押し込んだ。だからラテン語で『8』という意味のO c tオクトが、今は二ヶ月先の十月で使用されているっチュ。Octoberオクトーバーは最初、八月って意味だったっチュ」

 嘘か真か分からぬうんちくをねずみがドヤ顔でしたところで、この討論は終わった。
 ※ラテン後の『8』は本当ですが、他は信じないでくださいね。

「ところでとらくん、どうしたピョン。さっきからずいぶんと、大人しいピョンけど」

 一切話し合いには加わらず、目だけを行き来させる虎にうさぎが聞いた。

「具合でも悪いピョン?」

 虎はううんと首を振ると、顎下に黄色い前足をあてがった。ジュルリ、垂れる何か。

「ガ、ガオ……さっきからみんなが、ご飯にしか見えなくて、ガオ……」

 ジュルリ、ぽたり。ジュルリ、ぽたり。
 大きな虎の口から見えるのは、大量よだれと真っ赤な舌。そして鋭い牙が、上と下に二本ずつ。

「ごめんガ、ガオ。み、みんなを食べたくて、ガガガ、オ……」

 己を抑制するように、虎は自身の前足をググっと噛んだ。
 ジュルリ、ぽたり。ジュルリ、ぽたり。
 その前足が離れた瞬間、皆の背筋が凍りつく。

「ガァオー!!!」
「ぎゃーーーーーー!!!」

 猪がスタートダッシュを切ったのを皮切りに、九匹の動物たちが一斉に社務所から逃げ出した。

「ガオー!ガオー!!!」

 半狂乱状態の虎には最早もはやもう、誰も手がつけられぬ。彼に捕まれば、食される。

 ガオガオぎゃあぎゃあ言いながら、火花の如く散った計十匹の背中を見ながら猫は言う。

「び、びっくりして逃げ遅れちゃったニャ……」

 恐怖でガタガタ震える猫の足に、ねずみがぽんと前足を乗せた。

「結果オーライっチュ!」

 はつらつとしたその声は、怯えのひとつもないように思えた。

「りゅうくんも助かってよかったニャンね。ドキドキしたニャ?」

 座布団に腰を据えたまま、微動だにしない龍に対してそう聞いた猫には、ねずみが「ばかっチュねえ」と半笑い。

「十二支の中で一番強いのはりゅうくんチュ。だからぼくは、敢えてりゅうくんの側から離れなかったんチュ。りゅうくんの近くにいれば、とらくんは来ないっチュからね」
「わあ、なるほどニャン。やっぱりねずみくんは昔から、頭が良いニャンね」
「そんなことないっチュよ。でも、そう言ってもらえて嬉しいっチュ。ありがチュウ。ねこくんとは、これからも上手くやっていけそうだっチュ」
「ねずみくん……」

 感極まった猫の瞳からは、涙がこぼれ落ちそうになった。それを必死に堪えて、猫は言う。

「ぼくも、そう思うニャンッ」

 長年心にあった遺恨が、今晴れていく。


「そういえば、ねずみくん」

 皆が放り散らかした座布団を片付けながら、猫が聞く。

「今日の会合場所は、いつ変わったのかニャ?ねずみくんが昨日教えてくれた神社は五キロも離れた場所だったし、誰も居なくて焦ったニャ」

 ニャハハ、と笑いながら頭を描く猫。ねずみも同じ笑顔を向けてこう言った。

「猫のお前に本当のことなんか言うわけねえだろバーカッ。お前もやっぱり、あのバカ先祖と一緒っチュね。いい加減学べっチュ」
「……ニャ!」

 猫は暫し固まった。
 徐々に膨らむ尻尾しっぽひらく瞳孔。図らずとも、喉からシャーッと漏れる声。

 ねずみは尻をぺんぺこ叩いて走り出す。

「こんのくそねずみがぁああああぁ!待てシャー!!!」
「チュチュチュー♪」
「噛み砕いてやるからニャぁぁあああ!!」

 逃げるねずみに追いかける猫。みるみる遠のく二匹の姿。

 神社に一匹取り残された龍は、今日の会合を振り返る。どうして皆がこんなにも真剣になるのか疑問に思えば、口からこぼれたこんな呟き。

「ドラゴンの俺が十二支にいる時点で、十二支にまつわる昔話も架空に決まってるじゃねえグァッ」



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