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安いのに絶品! 「鶏すき」と「〆のカレー」

「ビーフカレー、牛肉抜きで」
かれこれ20年くらい前、カレーの専門店でそう注文する職場の先輩がいた。
注文したカレーに肉が入っていたりすると、「ちぇっ。……これやるよ」と、食べる前に僕にくれさえした。
不思議に思って聞くと、「オレ、牛肉食うと下痢になるんだよ」とのこと。
「じゃ、ビーフじゃないカレーにすればいいじゃないですか」と言うと、「でも何つーか、肉のエキスが入ってた方がルーは旨いんだよ」と答えた。
変わった先輩だと思ったものだった(エキスでは下痢にならないのか?)が、今は、何となくその気持ちが分かる。
何を隠そう、僕も中年になってから、牛肉を食べるとお腹が緩くなる体質になったのだ。

そんな訳で、我が家の食卓には、牛肉よりも豚肉や鶏肉の方が多く上る。
ステーキよりは生姜焼きや唐揚げ。しゃぶしゃぶはもっぱら豚しゃぶだ。
家計的には安くすみ、それで当人が満足なんだから、悪い話ではない。
だからすき焼きも、うちは「鶏すき」。つまり鶏肉のすき焼きを食べることが多い。

最初に食べたときは、驚いた。
すき焼きの「まがい物」というか、「なんちゃってすき焼き」というか、B級品という感覚で食べてみたのに、思いのほか、旨いのだ。
しかも、断然、安い。
これまで、奮発して(そしてお腹を下してまで)牛肉のすき焼きを食べていたのが、馬鹿馬鹿しくなったくらいだ。

あまじょっぱい割下で煮た鶏肉も、その旨味を吸って茶色く染まった豆腐も、とき卵をまとって箸の先でぷるぷる震えるシラタキも、くたくたに煮えたネギも、牛肉のすき焼きに負けないくらい美味しい(いや、高級牛肉のすき焼きには及ばないのだろうが、我が家で食べてきたスーパー特売肉のすき焼きには、負けていない気がした)。
もし食べたことがない、という方がいたら、騙されたと思って試してほしい。

そして、ここからが本題。
実は我が家では、鶏すきの場合にだけ食べる、〆の料理がある。
「カレー」だ。
牛肉のすき焼きだといつもうどんとかなのだが、鶏すきの時はカレーに限る。
昔、テレビで、有名な文豪だか映画監督だかが、料亭だか旅館だかで(記憶が曖昧で、ほんとうに申し訳ない……)いつも鶏すきを食べていて、〆にカレーを食べていた、というのを見て真似ているのだ。
「すき焼きの後にカレー」という、まるで「野球の後にサッカー」みたいな感じが楽しくてやってみたら、これまた存外に美味で、ずっと続けている。

作り方は簡単だ。
あらかた食べ終えて、わずかの肉や野菜などが残った鉄鍋に、さらさらとカレー粉を入れる。
粉っぽさがなくなるまで煮る。以上。
一応、言っておくと、「カレールー」ではない。「カレー粉」。赤い小さなカンカンに入ったアレだ。
鶏や野菜から出て濃縮された出汁に、割下の甘さ。そこにスパイシーなカレーの風味が加わり、えもいわれぬ和風のカレーができあがる。
それをスプーンですくって茶碗のご飯にかけ、箸でかきこむのだ。うまい!
……いや、食べてもいないのに、つい叫んでしまった。
それくらい、つまり想像するだけで叫んでしまうくらい、旨いのだ。ぜひ、やってみてほしい。
安いのに、美味しく、かつ、文豪だか映画監督だかになったようなリッチな気分を味わえる、お得な料理(?)だ。


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